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庭虫

 ある虫を指して、この動物は……なんて言い方をすると、動物じゃなくて虫だろう、なんてクレームが来ます。そんなもん解ってるけれど、筆者のような者にとっては虫と動物の差異はまったく重要ではありません。指先に乗るようなトカゲが動物で、全長10センチを上回るような甲虫を虫と呼んでもなんか虚しいじゃありませんか。エビや巻き貝などは何と呼べばよいのでしょう。でんでん虫は巻き貝ですし、ダンゴムシはイセエビと同じ甲殻類だぜ。
 一般的には哺乳類が動物、昆虫とその近縁の仲間や見た目がそれっぽいものを虫と呼ぶようですね。クマムシやゾウリムシなどは虫と名がつくものの微生物とか呼ばれる方が多いです。エビや巻き貝は、水棲生物あるいは海洋生物とか。
 筆者も、虫は昆虫だけ飼っていればよかったのですが、それだけだと昆虫個々のことは解っても生物層における昆虫の位置づけみたいなものは見えてきません。とにかく可能な限りいろんなものを飼ってみることで、昆虫の新たな側面、進化のプロセスなんかも解ってくるわけですよ。
 筆者の飼育動物専用温室には、いろんな動物が幽閉されています。同型のプラケースが2つ並んでいて、1つにはコガネムシが入っていて、もう1つには小型のヤモリが閉じ込められていて、どちらも同じ昆虫ゼリーを舐めていたりします。コガネムシのプラケースの昆虫マットは産卵用で、ヤモリのそれには保湿用に昆虫マットを使用しています。昆虫と爬虫を同じ飼い方でいいのかって、その道のエキスパートに指摘されそうですね。ひどい時には、ヤモリとコガネムシを1つの容器に一緒に入れたり。この虫はヤモリの餌ですか? なんて尋ねられると、いやいやどちらも飼育動物です。サイズ的に互いに干渉しないし、同じ条件で飼育できるので、と答えます。コガネムシとヤモリが1つの昆虫ゼリーを一緒に食べている図なんて笑えますよ。ヤモリはもちろん虫も食べますから、餌用の虫も入れますが、餌用の虫がコガネムシに害を成すこともありません。この飼育法でヤモリやコガネムシの繁殖にも支障はありません。……便利だ。
 なんでそんなバカな飼い方するの、なんて熱帯魚とエビを一緒に飼ってる人に言われたくないんですけど。筆者がエビと巻き貝を一緒に飼っていると、エビの水槽に巻き貝が大繁殖してるなんて言われちまいましたが、そもそも巻き貝の飼育槽にたまたま手に入ったエビを入れただけだし。エビは大切な稚貝を食べそうなのでそのうち別の水槽に移す予定だし。
 飼育とは自然の一部を切り取ってくることです。この表現を否定されたことはないです。だったら1種類の生き物しか存在しない自然環境ってどこにあるんですか。飼育環境において、1つの入れ物に1種類の生き物を収容するのは、飼育対象の安全を図るためであって、安全が維持できるなら、異なる生き物を同居させることに問題はありません。水族館でも多数の動物が大水槽で同居してますよね。
 また、飼育対象の生き物にも常識非常識があるようです。そりゃ、人に害を成す生き物を大っぴらに飼うのはいかがかと思いますが、そうでなければ、何を飼ってもいいじゃないか。って言うか昆虫を飼って繁殖させるような人が、それだけでも変わってるのに、クモやムカデを飼うことを否定するかね。同じ昆虫でもカブトムシやクワガタムシは飼って良いけど、ゴミムシやバッタを飼うのは変だとなぜ言うかね。興味を持たないものかね。
 最近では、プレデタービートルなんて外国産の甲虫がペットトレードに乗ったりしますが、あれってゴミムシと近縁の仲間だぜ。巨大なヤスデやビッグなダンゴムシも売られています。素敵です。良い世の中になったものです。ネット上ではナメクジからダニの一種まで通販されてました。素晴らしすぎます。アリのコロニーの販売なんてもはや芸術的ですらあります。
 奇虫や珍虫を飼っている人の中には、変わり者を自認しそれを自慢する人がいますが、あれはリアクションに困ります。彼の個性を誉め称えればよいのでしょうか。筆者も変な生き物をたくさん飼ってまいりましたが、変わり者でもなければ特別な才能や感性を持っているわけでもありません。呆れるほど平凡な一般人です。虫の話しをすると変人扱いされたり不気味がられたりすることもありますが、生き物の飼育はべつに特異な趣味じゃありませんよね。
 まぁ、虫が一般成人に忌み嫌われる事情は解らないでもありません。チョウや大型の昆虫ならまだしも、小さな虫が大量発生しているのはムリ、そんな気持ちも解ります。いかにも不衛生なイメージが強いですからね。見てるだけで感染しそうですし。その点、衛生観念の未熟な子供たち、なんでも口に入れて「汚い!」とおかあちゃんの叱責を受ける方たちは、比較的素直に虫に興味を持てるようです。
 でもね、衛生の話しをするなら、イヌのお散歩におけるマーキングは、虫なんて比べ物にならないほど不衛生です。飼い主は糞は始末してもマーキングは奨励なさるでしょ。ひとん家の壁でも、幼な子の集う公園でも、イヌ好きはお構いなしにマーキングさせますよね。それにイヌはたいへん獰猛な側面を持っていて、子供たちが噛まれて負傷する事件は後を絶ちません。それに鳴き声はなかなか迫力があって、脅威と騒音をまき散らします。大型犬ともなるとかなり大量の抜け毛をご近所にまき散らしますし。そんなことを思えば、虫や爬虫類の飼育は無害で上品なものです。多くの爬虫類が特定危険動物に指定され飼育が制限されるのに、イヌは無制限って納得ゆかないです。
 筆者も生き物好きなので、イヌの飼育を否定しませんよ。飼って良いと思いますよ。飼って良いのですが、抜け毛や尿をまき散らし、騒音や恐怖を垂れ流しているっていう自覚は必要です。飼い主様は綺麗な身なりをして身辺を衛生的に保っても、自身の満足のために公共の環境に害を成していることは事実ですし、それはたいへん不潔な行為です。イヌを飼いながら、虫や爬虫類の飼育者を汚いとか気持ち悪いとか言って蔑視するのは、人として間違っています。身勝手というものです。
 イヌの家畜化は、古来からの重要な文化であります。また、愛好家にとってはイヌとの同居から得られる精神的な恩恵は絶大です。ただ、公共の衛生と安全の犠牲が伴います。これに対し、虫の飼育は探究心の充足に大きな効果がありますし、人と自然との関わり合いを学ぶのに高い学術的価値があります。子供たちの勉強にも情操を養うのにも効果があります。ただ、イヌにしろ虫にせよ、愛好家が忘れてはならないことは、興味や関心のない人への理解を押しつけや、精神衛生上の配慮の欠如には注意が必要だということです。

オカダンゴムシ

2013/09/30


 筆者が幼少の頃には、本種はマルムシと呼んでいました。周囲の人たちはみんなそう言っていたのですが、じつは正しくはダンゴムシ。さらに正確にはオカダンゴムシが正式な和名です。こんなもん雑虫やんけという意見が聞こえそうですが、ダンゴムシを飼育する子供たちは大勢います。筆者の姪も今年の夏に飼育を手がけ、適切な管理方法について筆者に尋ねてきました。
 昆虫とちがって成長と共に変態しないダンゴムシは、劇的な変化を観察できないとお思いかもですが、脱皮の様子やメスがお腹に子供を抱える様子はなかなかの見物です。危険を感じると球状に丸まるのは有名な生態ですね。
 本種は、ひじょうに身近な生き物です。庭のあるお宅ならまずそこを探せば見つかると思います。枯れて柔らかくなった落ち葉の下や、植木鉢の下を覗くとたいてい見つかりますよね。彼らはそこで落ち葉を食べて分解し、肥沃な土を作る役を担う、庭の重要な住人です。ミミズや土壌のバクテリアたちと共に分解者などと呼称されています。どうです? マルムシ君も少しは格が上がりましたね。
 幼少の頃、筆者は、マルムシ君をアルマジロの幼虫だと考えていました。同様に、カブトムシはサイの幼虫で、そのメスはカバの幼虫です。たいへん愚かな子供だったわけですが、大人になってからダンゴムシとアルマジロの収斂現象(平行進化)の記事を読んだときには、愚かな子供の愚かな空想もまんざらでもないなぁ、なんてさらに愚かな感慨に耽ったものです。



 オカダンゴムシの近縁種にワラジムシがいます。ある子供がワラジムシを捕獲して「ダンゴムシ!」と言って筆者に見せてくれたことがありますが、まことに残念ながらそれは似て非なる虫なのだよと諭しておきました。あの子が成長して大人になってから同じまちがいをおかして恥をかくことはないでしょう。ダンゴムシとワラジムシをまちがえるなんて恥でしょ? 常識人として。
 ご承知と思いますが、ワラジムシはひじょうに似た形態をしていますが、ダンゴムシよりもかなり偏平で、かけっこがいささか速く、丸まることは増えてです。両者が競争する機会があってどの行程に下り坂があれば、ダンゴムシは転がって逆転勝利をものにできる可能性があります。
 これを読んだ方で、両者の見分けに自信がなくて動揺した方もいるかもしれませんが、ご安心ください。中にはワラジムシとゾウリムシのちがいが判らないという方もいますので。理科のお勉強家ら離れて久しい大人たちにとっては、ちょっとしたド忘れです。はっきりさせましょう。ゾウリムシは顕微鏡サイズの単細胞微生物です。ワラジムシと動揺に身近な生き物ですが、水棲でしかも肉眼での視認が不可なので、観察には専用ツールと専門知識が必要です。


 ↑ ホソワラジムシ。ダンゴムシと一緒に見つかることも多い。

 オカダンゴムシの飼育は難しくなく、採集地の環境を切り取ってそのまま小さな容器に入れておくだけでOKです。餌は落ちて時間が経った柔らかい落ち葉で、シェルターにもなります。乾燥に弱いので時おりスプレーで加湿してやります。水の蒸発しにくい容器で蒸れ蒸れにすると、高温時には蒸し焼きになるので、通気性は維持しつつ加水により保湿します。
 熱帯魚の餌や野菜くずなども喜んで食べますから与えると良いですが、飼育環境を高湿に維持するためカビやすいので、そうした餌はこまめに取り替えてやります。また、保湿のために土を敷いておきます。採集地の土をそのまま入れておけばよいのですが、雑虫の持ち込みがいやだって人は、市販の昆虫マットとか使うと良いでしょう。容器は手のひらサイズのもので良いです。
 数頭の成虫を入れておけば、繁殖の様子も観察できるでしょう。楽しいですね。ちなみに筆者は、ワラジムシも同居させていたことがありますが、飼育に問題ありません。


 ↑ お腹に子供を持っているメス。


 ↑ 母虫から離れて小石にくっついてる幼虫たち。(飼育下にて)

ダンゴムシ似

2013/09/30


 ダンゴムシの続きです。危険を感じると丸くなるというユニークな生態を有するこの虫ですが、分類的には、甲殻類の軟甲綱等脚目に属し、同じ目の内にワラジムシやフナムシといった仲間がいます。フナムシは浜辺の生き物で、岩場などをゴキブリ並みの速度で駆け回ります。サイズもゴキブリ並みで、同じ等脚目のダンゴムシとは比べ物にならないほど活発な生き物です。甲殻類はひじょうに大所帯で、エビやカニからミジンコまで多数の種類を擁しますが、その多くが水棲または水辺の生き物で、等脚目の仲間は比較的陸棲寄りに進化した仲間です。
 そして、ダンゴムシと同様の丸くなるという生態を持つものを同目あるいは同綱の中に求めると、意外にいないんですよね。あのアルマジロスタイルの生態はなかなかナイスで、多くの生き物が採用していてもおかしくないと思われるのですが。どうやらこれは、ダンゴムシが陸地の分解者へ進化して行き、俊敏な動きを失うのと代償に得た個性的な生態のようです。
 ところが、分類学的にまったく別の多足類倍脚綱にはアルマジロスタイルの虫がたくさん存在します。オオクワガタブーム以降の昆虫ブームに乗って、これらの虫もいくつかペットとして輸入されるようになり、筆者も実物を見ることができました。
 多足類は、節足動物の中でも甲殻類よりも陸棲寄りに進化した仲間です。進化系統的にかなり離れているのに類似した形態と生態を有する収斂現象(平行進化)の好例ですね。倍脚綱中のネッタイタマヤスデ目に属するこれらの虫は、重厚な体つきといささか派手な色あいを有します。ビーダママルムシとか、パステルオオダンゴムシなんて和名で市販されていますが、いずれもヤスデの仲間です。
 日本のヤスデと言えば、たいへん長径のムカデみたいな虫ですよね。ダンゴムシ採集をしていると、一緒にいたりします。彼らも丸くなる習性を持ちますが、なにせ細長い体なのでナルトみたいなことになりますね。
 ちなみに一般的なヤスデとよく似ていると言われるムカデの仲間ですが、多足類の唇脚綱に属し、多くは獰猛な肉食動物です。ムカデはヤスデよりも体節が少ないうえに脚が1節に1対ずつなのでヤスデよりもずっと脚の数が少ないです。ただ脚力はたいへん強いです。ヤスデとムカデの実物を比べると、彼らがそれほど似ておらず、一見して区別できることが判ります。
 長い虫の話しは置いといて、日本にもタマヤスデの仲間はいます。筆者はその実物を見たことがありませんが、あきれるほどダンゴムシそっくりなのもいるらしいですよ。
 タマヤスデ以外にも、ヒメマルゴキブリという昆虫綱ゴキブリ目の動物でダンゴムシに似た形態の虫がいます。また外国産のゴキブリの中にも成虫になっても翅が生えず、体節がよく目立つダンゴムシタイプのものがいくつか存在します。丸くなる習性は持ちませんが。
 体を独特のバンド模様で区切る体節は、甲殻類や多足類や昆虫類といったすべての節足動物の基本的な体構造ですから、多くの動物に類似性が見られるのは当然ですかね。そして体節を見ると筆者は、絶滅動物の大スター三葉虫類を思いだすのですが、もちろん彼らも節足動物です。


 ↑ ビーダママルムシ(タイ原産のネッタイタマヤスデの仲間)


 ↑ ビーダママルムシとオカダンゴムシ(左)


 ↑ パステルオオダンゴムシ。名前はダンゴムシでもネッタイタマヤスデの仲間。


 ↑ レインポーメガボール。


 ↑ メガボール。ネッタイタマヤスデの最大種。


 ↑ メガボールの腹面。倍脚綱の仲間は、1つの体節に2対の脚がついている。すごい脚の数だ。


 ↑ 昆虫綱ゴキブリ目に属する ヒメマルゴキブリ。日本産。


 ↑ マダガスカルヒッシングローチ。大型のゴキブリだが、幼虫はダンゴムシに似る。


 ↑ ゴキブリ最大種。ヨロイモグラゴキブリ。オーストラリア産。大型のゴキブリは成虫でも翅が退化しているものが多い。

オオクワガタ

2013/10/09


 つい先日のことです。外出しようと家を出たとたんにバッタリとオオクワガタに出くわしました。筆者の家は山岳地で、カブトムシやクワガタムシが採集できる林も徒歩圏にあります。かつまたオオクワガタマニア垂涎の能勢山系に位置し、知る人ぞ知る有名な産地である阿古谷もいつでも行ける距離です。これまでにもコクワガタやノコギリクワガタ、シロスジカミキリが家の庭に飛来したことがありましたが、オオクワガタは初めてです。
 ただ、産地が目と鼻の先とは言え、住宅地にホイホイ飛んでくるような虫ではないんですよね。この虫に灯火に集まる習性があるともあまり聞きませんし。ご近所のどなたかが飼ってたものが脱走した可能性が高いと思います。でも、場所が場所だけに野生のものが飛来または徒歩でやって来た可能性も皆無ではないでしょう。虫たちの移動能力をなめてはいけません。
 オオクワガタは日本全国に分布するものの、棲息地は局所的になり、自然界で見つけるのがひじょうに困難な虫です。その中でも能勢山系はメッカと言われるほどの有名な産地です。また、南へ行くほど幅広の体型になる傾向があり、能勢あたりの個体がちょうどよく最も美しいフォルムらしいです。筆者のような詳しくない者にとっては、その差異はあまり判らないですけど。
 生き物好きの関係で、この虫のエキスパートにも知人がいまして、人工飼育で大きな個体を得ようと幼虫を栄養づけにすると肥満の成虫になっちまうらしい。すなわち全長は充分なサイズになるものの体ばかりでかくて大腮が小さい、あまりかっこよくない成虫が羽化してくるそうな。
 今回採集したオスは、計ってみると全長が70mmを越えていました。かなりの大物です。しかもプロポーションも理想的で、見るからに野生個体です。これが飼育下で作出されたものなら、かなり熟練のブリーダーの手によるものと思われます。野生個体か人工飼育によるものか、見分ける方法ってあるのでしょうか。


 ↑ 家の前で採集したオオクワガタ。


 ↑ 2005年に飼っていた全長73mmのオス。京都のブリーダーから譲っていただいたもので、ファラオというブランド名が付いていた。


 ↑ 2001年に飼っていた全長40mm以下のオスたち。

 ↑ 2001年に飼っていたメス。


 オオクワガタが大ブームになっていた頃は、商売目的で乱獲する者が、クヌギのウロを掘り起こしたままにしたり、はたまた煙幕でいぶり出したりと、棲息環境の破壊が問題になりましたが、最近はそれも落ち着いて、虫たちも平和に暮らしているようです。
 ただ、ブームに乗って輸入されたチャイナのアンタエウスなんかが意図的に放虫され、国産のホペイと交雑しているなんて話しも聞きます。このことが国産種にどれだけの影響を及ぼしているのかは解りませんが、放虫はいけません。場合によってはその地の生態系を崩壊させる要因にもなります。日本の虫なら良いということでもありません。虫たちにとっては人が決めた国境なんて無意味なことで、異なる産地に連れてゆかれた虫がその地でどのように作用するかなんて解りません。また、同じ産地に帰すのもだめだと言う人もいます。飼育下で新たに寄生した微生物を産地に持ち込むことになるからだそうです。
 筆者も幼少の頃、飼育に堪能した虫を自然に返してやったことがよくあります。大人たちは「えらいねぇ」なんて褒めてくれましたが、じつは褒められた行為ではなかったのですよ。と言いつつ、放虫の危険性を知らずに飼育下の虫を自然に返す行為は数限りなく続けられていることでしょう。多くの大人たちも「可哀そうだから自然に返してあげなさい」なんて子供たちに助言したり。
 ぶっちゃけ、生き物の帰化や移動は、人間が手を加えなくても進むもので、自然はそうした脅威からバランスを取り戻す能力も持っています。なので、放虫がどこまで生態系に悪影響を及ぼすものかは一概には言えないのですが、破壊につながる可能性のある行為を、それについて知識がある者が行なうのはよろしくないですよね。

メタリフェルホソアカクワガタ

2013/11/05


 ホソアカクワガタ属は、東南アジアに分布するクワガタムシの仲間です。その中でもなかなか奇抜なスタイルの種がいくつか日本にも輸入され人気を呼んでいます。今でこそポピュラーなペットですが、筆者がこれを入手した1999年頃はまだ輸入例も少なく知名度も低い昆虫でした。当時はまだホソアカクワガタという和名はなかったような気がします。少なくとも筆者は知りませんでしたし、本種を提供してくださった友人も、キクロマトゥスと学名のラテン語表記をそのまま読んでいました。
 その友人はクワガタムシの本格的なブリーダーを手がけ、業界ともよく通じている人だったので、まだ日本では輸入例の少ない様々な甲虫類をいろいろ見せてくれました。
 その友人を通じて筆者が入手したホソアカクワガタは、メタリフェルホソアカクワガタとエラフスホソアカクワガタの2種で、本項では前者について記述します。



 和名が示すように、基本的には細くて赤いクワガタムシです。メタリフェルは学名の種名の方をカタカナ表記したもので、金属光沢を意味していると思われますが、オスではそれがかなり顕著になります。



 上記2枚の写真は、オスの成虫ですが、上はホソアカクワガタらしさを、下はメタリフェルの特徴をよく示した写真だと思います。これらは光の辺り具合や見る角度による差異で、明るいところで見るほど金属光沢が顕著です。しかしながらメタリフェルの特徴は金属光沢よりもオスの大腮の大きさです。体に対してこれほど長大な大腮を持つクワガタムシは他にいないと思います。有名なギラファノコギリクワガタよりも本種の方が全長のうち大腮の占める長さが大きいです。
 上記の写真は、原産国インドネシアのセレベス島の地域亜種、キクロマトゥス・メタリフェル・セレベスですが、下のペレン島の地域亜種C・M・ペレンでは、さらにすさまじい大腮を有しています。


 ↑ C・M・ペレンのペア。オスの大腮の間に見える小さくて黒っぽいのがメス。下はオスの腹面。全長の半分が大腮だ。


 C・M・セレベスは赤みが強く、ホソアカクワガタの名をよく表していますが、C・M・ペレンは雌雄共に黒っぽく、オスでは深い緑色の光沢が見られます。メタリフェルの魅力は、その特徴的な形態もさりながら、繁殖が容易で飼育下でその生涯の様子を観察しやすいことです。とくにセレベスの方が繁殖力が強いです。
 雌雄ペアを入手できれば、飼育下で交尾の様子を観察できますし、産卵までそれほど時間を要しません。また、成虫は羽化するとすぐに繁殖行動に移りますので、メスは採集された時すでに持ち腹であるケースも少なくなく、飼育を始めると間もなく産卵に至ることもまれではありません。筆者のところでは1999年7月1日に入手して数日後に産卵を確認、18日には孵化を確認しました。


 ↑ C・M・セレベスの交尾。オスに対してメスはひじょうに小さい。
 ↓ C・M・ペレンの交尾。この雌雄のサイズ差でよく交尾が成功するものだ。



 繁殖を目指す場合は、市販のマットと朽木を購入し、産卵セットを仕立てて、そこでペアを飼育すると良いです。最近はクワガタムシやカブトムシを飼育繁殖するための良質な素材が市販されていて容易に入手できるので便利です。ナラやクヌギの朽木を乾燥させたものが、幼虫飼育用に市販されており、これを1日水に浸け、樹皮を削ぎ落として白木状態にしたものをマットに埋め込みます。マットも朽木を粉砕したもので、元は朽木と同じ素材です。下の写真が産卵セット、写真の中に見えているアニメチックなものは昆虫ゼリーで、これは成虫の餌ですね。この産卵セットが、繁殖を目指す場合のクワガタムシの飼育環境のすべてになります。


 ↑ クヌギマットに埋め込んだ朽木。上の木が白くなっているのは、白色腐朽菌による腐乱が進んでいるため。これは自然界でも普通に見られる現象で、白色腐朽菌の菌糸は幼虫の隠れ場所としても食料としてもたいへん有効だ。

 産卵セットに成虫のペアを入れて、10日から2週間もすると朽木の所々におが屑を詰め込んだような跡が見られるようになります。これはメスが丹念に朽木を噛み砕いて作った産卵床です。クワガタムシは多くの場合、幼虫は朽木の中を食い進んで暮らします。メスは孵化したばかりの初令幼虫のために朽木の一部を砕いたマット状にしているわけです。
 産卵セットのマットも朽木と同じ素材ですから、その中でも幼虫は充分に生育できます。メスはマットに産卵することも少なくありません。



 産卵セットは、そのまま幼虫の成長の場となります。そのまま放っておけば、やがて新成虫がそこで誕生します。しかしながら飼育者としては幼虫の生育の様子を観察したいもの。そこで割り出しという作業により、産卵セットから幼虫を採取し、個別飼育に移します。上の写真は朽木を割ったところです。メスが朽木の中を食い進んで朽木をマット状にしています。初令幼虫は、母親がよういしたこの柔らかい部分を食べて育つわけです。


 ↑ 卵と孵化直後の初令幼虫。

 体長わずか25mmていどのメスが、一腹で30〜40個ばかりの卵を産みます。卵の大きさは2mm以下で、10日ほどで倍近くに膨らんで、孵化に到ります。幼虫はC字型に丸まった直径が4mmほどです。幼虫を見つけたら、直径5cmくらいのプリンカップに個別に分けて飼育します。つまり幼虫の数だけプリンカップを用意しなければなりません。
 プリンカップの中身は、ナラやクヌギの朽木を砕いたマット。上述の産卵セットに使用したものと同じです。ペットショップには様々なマットが市販されているので、これを購入すると良いでしょう。筆者は、このマットに熱帯魚用の飼料をあれこれ混ぜて加水して発酵させ、栄養価を高めて与えました。これは筆者独自の実験的な方法で、これが良いというわけではありません。もともと栄養価を高めたマットや、白色腐朽菌による腐乱の進んだ朽木を使用したマットなども市販されています。小麦粉や味の素を配合するブリーダーもいます。マットに加水すると発酵の際に高熱を発するので、熱が冷めてから使用しないと幼虫が焼け死にます。加工を施したら数日間放置して熱を冷ます必要があります。
 プリンカップにはマットを目一杯詰め込み、フタの中央に通気孔を1つ開けておきます。かなり密閉度が高いですが、これで充分な湿度が維持できますし、幼虫が酸欠になることもありません。産卵セットの割り出しを行なう前にプリンカップによる幼虫飼育セットを準備しておくと良いでしょう。



 メタリフェルホソアカクワガタの場合は、大きなプリンカップは必要ありません。とくにメスの場合は、小さなプリンカップ1つで羽化まで大丈夫です。オスでもこれでかまわないのですが、観察していて他よりあきらかに大きな幼虫だと判断した場合は、大きめの容器に移してやります。体が大きく、とくに頭の大きな幼虫は大きめの容器に移してやりましょう。移動先の容器ももちろん内容は元のプリンカップと同じにします。
 クワガタムシを大きく育てるために、白色腐朽菌が充分に繁殖して真っ白になったマットを詰め込んだ菌糸ビン等を利用するのも良いのですが、これはもっと大型のクワガタムシに向いています。とくに動きのにぶい初令幼虫をいきなり菌糸ビンに入れると、幼虫が菌糸に巻き取られ逆に白色腐朽菌の栄養になってしまうこともあると思われます。マットに自然に繁茂した菌糸を除去する必要はありませんが、市販の菌糸ビンは本種の幼虫にとっては無用の長物な気がします。
 筆者の場合、プリンカップの数だけ幼虫を採取したあと、産卵セットに卵や幼虫を残したままにしておきました。ここからも新成虫がどんどん巣立って行きました。


 ↑ プリンカップの中のC・M・セレベスの2令幼虫。

 クワガタムシの幼虫は、初令→2令→と2度の脱皮を経て終令幼虫になります。孵化から30日ばかりもするともう終令です。加令の度に頭部や6肢が大きくなります。白い胴体は脱皮から脱皮の間に大きくなります。従って孵化直後あるいは脱皮直後の幼虫は頭でっかちで、次の脱皮が近づく頃には頭はそのままで胴体がでっぷりと育っています。


 ↑ C・M・セレベスの終令幼虫。
 ↓ 産卵セットの朽木の中のC・M・ペレンの終令幼虫。



 飼育温度にもよりますが、筆者のところでは孵化後約45日でメスが次々と蛹化しました。オスではさらに10日ばかりあるいはもっと日数がかかりました。
 幼虫は尾部に糞をたくさん蓄えてここだけ黒くなっていますが、この糞を使って蛹室を作ります。糞は蛹室の内面をなめらかに塗り固めるセメントの役目を果たします。メスの蛹室は体長の1.5倍ていどですが、オスのそれは2倍ていどで横幅にもゆとりがあります。
 蛹室の中で蛹化を待つ前蛹虫は尾部の糞がなくなって白くなり、代わりに体液が貯まっています。数日して蛹化が始まると尾部の体液が上体へ鼓動を打つようにして流れ込み、上体がどんどん膨らんで行きます。やがて頭部と背中が割れ、蛹が姿を現します。頭胸部がどんどん大きくなり、これまで痕跡程度だった肢から長くてしっかりした6肢が伸びてきます。オスの場合は頭部と前胸部がどんどん大きくなり、6肢もひじょうに長大です。そして大型のオスでは全長の半分を占める長さの大腮が見る見る伸長して行きます。


 ↑ C・M・セレベスの蛹、左がメスで右がオス。

 幼虫では9割りていどが腹部だったのが、体液が上体に流れ込むことによって頭胸部が大きくなり腹部がこじんまりし、上半身下半身のサイズが逆転します。下半身から上半身へ体液が送り込まれることによって、前胸部が大きくなり、6肢とオスの大腮が一気に伸長するのが蛹化のメカニズムです。
 蛹は、成虫の鋳型です。この中で体内はどろどろに溶けてしまい、体組織が再編成されます。甲虫類の蛹は、裸蛹といって体の各部がリアルに露出した状態の蛹で、この時すでに成虫の形状がひじょうによく判ります。蛹の上体でも腹部だけは動かすことができるので、腹部の筋肉や呼吸器系は幼虫時代のものを維持するのでしょう。
 そしてさらに10日ほどで新成虫が羽化します。早いものでは9月中に成虫になりました。飼育温度は30℃を越える日がほとんどで、この高温が幼虫の成長を早めたと思われますが、それにしても国産のクワガタムシに比べるとひじょうに早いですね。国産のクワガタムシは、夏に孵化した幼虫が終令で越冬して、翌年の夏に羽化するのが普通ですから。


 ↑ 地上に姿を現したC・M・セレベスの新成虫(メス)。

 下図に、C・M・セレベスの成長の様子をまとめてみました。わずか60日の間に劇的に成長する様がお解りいただけると思います。幼虫のみC・M・ペレン(オス)を記載しておりますが、セレベスよりも大きいですね。また、大型のオスではさらに3週間〜1ヶ月を要します。



 メタリフェルホソアカクワガタの、原産国インドネシアでの生態はどのようになっているのでしょう。日本のように四季が顕著でないあちらでは、年に何回か成虫が羽化するのでしょうか? 成虫の命はそれほど長くないと思われるので、繁殖の効率を高めるには同じ時期に新成虫がまとまって羽化するのが望ましいでしょう。新成虫の多く発生するシーズンというものは決まっているはずです。
 筆者のところでは、最初に入手した成虫たちは11月頃まで生きていました。メスは、何度も産卵を繰り返し、秋口になると様々な生育過程の幼虫や蛹が混在するようになりました。冬場はヒーターで加温して虫たちを管理しましたが、12月に蛹化した個体では前蛹の状態が2週間も続きました。やはり温度と成長速度は比例するようですね。当然と言えばそうなのですが。
 また、真冬に羽化したものは最低飼育温度5℃という低温でそれを達成しました。国産のクワガタムシは15℃が冬眠のボーダーラインで、これはヘビなどの爬虫類でも同じです。しかし冬眠の習性をもたない本種は、とりあえず10℃あれば緩慢ながら活動していました。
 2000年1月に羽化したオスで、繁殖に参加させずに飼育していた個体は7月半ばまで生きていました。



エラフスホソアカクワガタ

2013/11/07


 エラフスすなわちラテン語で雄鹿という名の学名を持つホソアカクワガタです。別項で記述したメタリフェルと同属のクワガタムシで、オスは大きいものでは100mmを越えます。このサイズはクワガタムシとしてはかなり大型です。インドネシア共和国スマトラ島の高山部にのみ棲息が確認されています。インドネシアは熱帯域の位置する国ですが、高山部はかなり涼しく、高温になる低地よりも大型の甲虫が多くなります、不思議なことに。
 筆者が1999年の夏に、メタリフェルホソアカクワガタと同時に入手したオスは全長が78mmほどでした。このサイズでも大腮は体に対してかなり大きくしっかりとした内歯がありましたが、100mm級の個体ともなると大腮の付け根がオレンジ色に色づきます。本種もとくにオスはメタリフェルのように金属光沢が強く、たいへん美しいです。
 キクロマトゥス・メタリフェルは飼育してみるとひじょうに頑健で繁殖力も強いことが判りましたが、本種のように棲息地が限定的な大型種ではそうは行かないようです。生物は生活圏を徐々に広げながら(適応放散)いろんな地域に住み着くようになりますが、定着先の環境に適応して新たな種に分化すると、分化した新しい種はその地域でしか生きられないようになることがあります。本種の場合もスマトラ島の高山部にまで勢力を拡大した祖先から、その地域の環境に適応した新種として分化し、そのまま山を降りられなくなったのでしょう。


 ↑ キクロマトゥス・エラフス(オス)

 ペアで入手したのですが、オスが半月、メスは約1ヶ月という短命で飼育を終えてしまいました。日本のミヤマクワガタも飼育下で長生きさせることが難しい虫ですが、これは高山性の昆虫が日本の低地の猛暑には耐性がないためだと思われます。ミヤマクワガタも大型でオスは立派な大腮を持っていますが、飛翔能力が高く山間の温泉旅館などではしばしば灯火にも飛来します。棲息個体数は少なくないようですが、飼育下で長く飼うことは容易ではないのです。それでもミヤマクワガタを飼育下で長生きさせて繁殖も手がけている人はいます。彼らは飼育にエアコンを導入し、保湿にも心がけているのでしょう。高山の清涼で湿潤な環境を飼育下でも再現できれば、高山性の昆虫を長生きさせられる可能性が出てきます。
 現在は、熱帯域の巨大な甲虫類が日本でも多数飼育され繁殖にも成功していますが、それらの飼育者はエアコンを使用しています。熱帯産の虫が温帯域の日本ではエアコンなしでは生きられないなんておもしろい話しですね。


 ↑ キクロマトゥス・エラフスのペア。雌雄のサイズ差が大きいが、オスが全長100mm級ともなると、この差はさらに開くことになる。

 筆者が本種を入手した頃は、外国産の甲虫類の飼育に関する知識もほとんどなく、情報も少なかったので、虫の飼育にエアコンを使用するなんて思い至りませんでした。はるばるインドネシアからやって来たこの立派なクワガタムシは、けっきょく日本の平野部の(当時の筆者の住まいは大阪の都会の人口密集地でした)猛暑に打ち勝てなかったわけです。



 当時、本種は飼育下での繁殖はひじょうに難しいと言われていました。筆者のところでも卵や幼虫を得ることは出なかったのですが、クヌギ材を使用した産卵セットを仕立てておいたところ、メスによる産卵行動が見られました。小さなメスは異国の猛暑に耐えながら朽木にせっせと穴を穿ち、そのときに生じた木クズで穿った穴を埋めて産卵座をいくつもこしらえました。産卵は確認できなかったのですが、朽木(ブリーダーたちは産卵木と呼ぶ)には十数か所の産卵座が作られました。


 ↑ 産卵痕。飼育温度を適正に管理できれば、本種も国産のクワガタムシと同じ産卵セットで繁殖が可能と思われる。

 たくさんの産卵座を残したのだから、1つぐらい卵が見つからないものかと探しましたし、1ヶ月ばかり産卵セットを保管しておいたのですが、幼虫が発生することはありませんでした。

スマトラヒラタクワガタ

2013/11/22


 インドネシア産の大型のクワガタムシです。1999年の秋に友人のブリーダーの方に幼虫をいただき、育ててみました。国産のヒラタクワガタというと、筆者が幼少の頃はあまり人気がありませんでした。ノコギリクワガタやミヤマクワガタに比べ、偏平で丸みを帯びた体型とオスのまっすぐな大腮は、なんだかコクワガタをでっかくしたような感じで、地味なクワガタとして見下していたものです。
ところがオオクワガタブームが到来した20世紀末には、希少価値から人気が高まり、野生のものを見つけようものならマニアが狂喜するようになったのです。ヒラタクワガタは今やオオクワガタ並みの希少種になってしまったわけです。
 ところが、最近では飼育繁殖ノウハウが確立され、飼育下で容易に増やせることから天然ものでなければ安価で手に入れることができます。大きなものでは65〜70mm近くになり、大腮の形状のちがいを覗けばオオクワガタと比べても見劣りしません。普通は60mm以下です。
 

 ↑ スマトラヒラタの終令幼虫。左がオスで右がメス。メスはこころもち色が黄ばんでいる。

 当時はオオクワガタブームから、外国産の甲虫ブームが導かれつつある時期で、本種はまだ入手困難な虫でした。友人は本格的なブリーダーで輸入業者の知り合いもあり、世間一般よりもいち早く珍しい外国産の甲虫を次々に手に入れて来ました。本種は国産のヒラタクワガタよりもはるかに巨大で、オスでは全長100mmに達する個体もざらで、太くて鋭い大腮はまるでペンチのようです。当時はヤシガニクワガタなんて呼ばれ方もしていましたっけ。



 幼虫の成長は早く、孵化して2ヶ月ばかりで2度の脱皮を終えて終令幼虫になります。大人の親指を越える太さの幼虫はすごい迫力です。
 マニアやブリーダーは、菌糸ビンなんて秘密兵器を用いてでっかい幼虫を育てますが、筆者はクヌギのフレークを発酵させたマットをビンに詰めて育てました。クワガタムシの幼虫は朽木食いなのですが、この幼虫はかなり獰猛で、近くに他の虫がいればそれをバリバリ食べてしまいます。業者によってはカブトムシの幼虫を量産して、クワガタムシの幼虫の餌として売るほどです。また、メスの成虫も樹液のみならず虫を食べることもあるらしく、業界では高タンパク昆虫ゼリーなる代物が商品化されています。筆者はこの高栄養ゼリーを爬虫類の餌として流用してますが。


 ↑ 蛹室を作るメスの幼虫。

 終令幼虫の期間は長く、その間にどれだけ太らせるか、あるいは体重を維持できるかが大きな成虫を得るためのカギとなります。筆者にはあまり興味はありませんでしたが。9月に終令まで育った幼虫は、加温して管理し、翌年3月にまずメスが蛹化しました。
 蛹室は、糞を塗り固めて作りますが、糞を使い果たして尾端が白くなった前蛹は1週間ほどで蛹化、これは国産のカブトムシと同じくらいです。


 ↑ メスの蛹。↓蛹室から取り出したところ。


 筆者は甲虫の蛹が大好きです。蛹フェチと呼んでください。幼虫と似ても似つかない成虫に大変身する過程が甲虫の蛹はひじょうによく観察できます。体のディテールが露呈した裸蛹ですから。そんな筆者が蛹をビン越しに眺めて気が済むわけがなく、蛹の体が固まればビンからほじくり出してやりました。
 小学生の頃から高校を通じてカブトムシを飼っていた経験から、人工蛹室に収容して蛹を観察することは予定にあったのですが、カブトムシの場合は蛹を立てるために厚紙を筒状にして人工蛹室を作成しましたが、クワガタムシの場合は横向きの蛹室を作るので、発泡スチロールを半田ゴテで溶かして作成しました。これに加湿したティッシュを敷いてなめらかな室壁を築き、幼虫が作った蛹室の壁の一部を少し入れておきます。天然蛹室の壁には蛹にとって有用なバクテリアが存在し、それが寄生虫などから蛹を守ってくれるはずです。
 以上のような人工蛹室計画は、上述の知人と相談して試行錯誤したものです。いずこも考えることは同じで、その後人工蛹室が市販されるようになったのには驚きました。


 ↑ 手製の人工蛹室に収容した蛹。オスの蛹にも使えるようにサイズは大きくしてある。

 2000年3月18日に蛹化した蛹は、4月7日には6肢や頭部、前胸が色づき、翌日には羽化に至りました。カブトムシの蛹期間は2週間ほどですので、1週間ほど長くかかっています。それだけ体重も大きいですし。


 ↑ 蛹化から約3週間。羽化直前のメスの蛹。

 早朝に羽化した成虫は、昼頃には形も整い、夜には歩き始めましたが翌日になってもまだ赤みがあって少し柔らかそうな部分が残っていました。


 ↑ 羽化して数時間後のメスの成虫。

 羽化して充分に体が固まったメスの成虫を飼育用のケースに移すと、元気よくマットの中に潜って行きました。その前にノギスを当てると47mmありました。本種のメスとしてもこのサイズは充分な大きさだと思われます。日本のヒラタクワガタのそれに比べると、ひじょうに大きく見えます。
 メスは1週間くらいは昆虫ゼリーを与えても食べようとしませんでしたが、一度食べ始めると1日でゼリー2つをたいらげてしまう貪食ぶりです。



 そして、オスの幼虫が蛹室を作って前蛹になったのが、2000年の9月20日。孵化してからじつに1年ぶりです。幼虫として最後の脱皮を終えてから10ヶ月を終令幼虫でいたことになります。蛹化に至ったのが9日後。メスよりも2日長くかかりました。それから1週間ほどしてこの蛹も蛹室から取り出しました。


 ↑↓ オスの蛹。下は人工蛹室に収容したところ。


 オスは蛹の期間もメスに比べて長く、3週間くらいして目が黒くなり、4週間目で6肢が黒くなりました。頭部や前胸はまだ色づいていません。羽化までにはさらに1週間ほどかかりました。


 ↑ 蛹化から4週間目のオスの蛹。

 羽化したオスの成長の全長は65mm。本種としては小さな方ですが、日本のヒラタクワガタでは大型個体サイズです。飼育用のケースに成虫を移してから、採餌を始めるまで半月以上かかりました。日本の野生におけるヒラタクワガタやオオクワガタでは、羽化してもそのまま蛹室に停まり、翌年になってから活動を開始するケースが少なくありません。大型の甲虫になると体が完全に固まるのにかなりの日数を要します。飼育下では人によって強引に蛹室から取り出されるので、半月ていどで活動を開始するのですが、野生のスマトラヒラタではどうでしょう。日本のヒラタクワガタの場合では体が固まるのを待つ内に夏が過ぎてしまい、そのまま翌年まで休眠するといったことが生じるのでしょう。


 ↑ 活動を開始したオスの成虫。

 活動を開始した成虫は、異性と出会うと交尾に至りますが、新成虫のオスをあまり早期に交配させると、オスの交尾器が傷むことがあるそうです。大型の個体ほどじゅうぶんな時間をかける必要があり、羽化から2ヶ月以上はメスと一緒にしない方がよいと、知人は話していました。ちなみに筆者が長年飼っていたカブトムシでは、羽化するとその日の内に蛹室から出てくることも多く、けっこう早い時期に問題なく交尾していました。
 筆者が今回育てたスマトラヒラタは、2001年の2月にメスが死去、1ヶ月後にオスが死去し、けっきょく飼育下での繁殖行動には至りませんでした。成虫が短命に終わってしまったのは、未熟な筆者の冬場の温度管理が充分でなかったせいでしょう。幼虫はかなりの低温でも耐えますが、成虫はそうはゆかないようです。熱帯の甲虫類の多くは、別項で記述したエラフスホソアカクワガタのように日本の猛暑には耐えられませんが、本種はそれには何とか耐え、冬場の寒気は苦手のようでした。それでも加温して15℃以上をキープできれば良かったのでしょうが、かなり温度変化があったのでそれが敗因になったようです。死去する直前まで採餌していたので、弱っていることに気づくことができませんでした。



タマムシ

2013/12/14


 有名にして日本の甲虫類としてはかなり大型の虫ですが、成虫の食性がよく解っていないなど、謎のある虫です。棲息地は山間が多く限定的になりがちな気がしますが、居る場所にはけっこうたくさんいて、そこここに飛んでいるのを見かけたりします。筆者の住むところでも、家が少なく更地だらけの頃にはよく飛んでいました。うちの庭に飛来したこともあります。まぁ、山ですからね。
 本来は雑虫扱いのところですが、幼虫の飼育セットを譲っていただき成虫まで育てることができたので、庭虫として記述することにしました。しかしタマムシの飼育セットなんて素晴らしいですね。これを譲ってくださった方は、プロの学者でもなければその方面の専門職でもないのに、生態の研究を重ねて自力で開発されたようです。



 タマムシの幼虫は、かなり妙ちきりんな形態をしています。胸部が大きく膨らみ、腹部は長くほっそり、頭部はとても小さく、六肢が見当たりません。なんか寄生虫みたいです。サクラやエノキの幹部に食い入って暮らしているので、寄生虫みたいなものですけどね。



 いただいた飼育セットは、直径7cmていどのプリンカップに細かく砕いた木のフレークを詰め込み、その中に幼虫を1匹ずつ入れてあるという単純なものでした。入手先はじつは2ヶ所で、1件は埼玉県、もう1つは奈良県です。両者とも一見して内容は同じに見えます。おそらくエノキ辺りを砕いたものだと思われますが、もしかしてタマムシマットとして流通している……なんてことはないでしょうね。
 生木に食い込む虫ですが、マットはそれほどきつく押し固められているわけでもなく、湿度もそんなに高くしてありませんでした。


 ↑ 幼虫の表裏。左が腹面、右が背面。

 いただいた幼虫は全長が4から6cm程度のもので、成虫と比較すると終令幼虫と思われますが、最初の方の説明では2年もので、羽化まであと1年かかるとのことでした。


 ↑ タマムシの蛹化して間もない蛹。頭部と前胸部は幼虫の旧皮をつけたままだ。

 ところが、2005年3月末にいただいてから1ヶ月少々経過した5月初頭に、最初の蛹化それも2頭が確認でき、その後次々と羽化し、同年の夏までにたくさんの成虫が得られました。
 タマムシの蛹がまたユニークで、体の細部が判る裸蛹なのですが、頭部と前胸部が幼虫の旧皮に覆われたままで、そこだけ茶色いのです。幼虫の形態を見ると胸部が膨らんでいて茶色味を帯びていますが、そこから上がはがれずに残るようですね。


 ↑ ↓羽化直前の蛹。

 そして10日ほどで、腹部背面と翅を残して金属光沢の緑色いわゆるタマムシ色に色づき、羽化直前の状態になります。蛹の期間はカブトムシの約2週間に比べて少し短いといった感じです。
 蛹室は浅く狭く、たいていがプリンカップの表面に作ってくれ、そこに腹を上にした状態で蛹になるので、そのままでもたいへんよく観察できます。プリンカップのフタを開けると蛹室は崩れてしまいますが、羽化には支障ないようです。これなら人工蛹室を作らなくてもじっくり観察できます。


 ↑↓ 羽化したばかりの成虫。翅鞘(前翅)がまだ白くみずみずしい。


 蛹室の中で羽化した成虫は、生木を食い破って出てくると言われていますが、そんな強靱な大腮を持っているのでしょうか。あるいは幼虫の間に周囲の木部を噛み砕いて柔らかくしておくのかもしれませんね。



 タマムシは、日本の甲虫としてはずいぶん大きな方で、その独特の色あいとも相まって、もともと熱帯地方に棲息するものが北上してきて居ついたものでしょう。飛翔能力はかなり高く、飛んでいるところをよく見かけますし、かなりの距離を飛ぶことも可能だと思われます。
 ただ、成虫の生態はよく解っていないようで、幼虫が規制する樹木の葉を食草としているのか、成虫になってからは食事しないのか不明だとのこと。


 ↑ サクラの葉に残された飼育下でのタマムシの成虫による食痕。

 ある専門家の意見では、成虫の口器は採餌には適さないほどに退化しているとのことで、ホタルの成虫のように水だけを飲んで短命を終えるという考え方もあるようですが、生木の中で羽化し、樹皮を食い破って出てくるのであれば、それを退化的な口器だとするのには疑問がありました。そこで、羽化した成虫にサクラの葉を与えてみたところ、かなり食べた痕が見つかりました。



 幼虫の飼育は難しくなく、多くの人たちがそれを手がけているようです。ただ、成虫に産卵させて幼虫を得、累代飼育するとなればかなり工夫が必要でしょう。羽化した成虫は半月ていどは単独飼育し、それからペアリングを行なった方がオスの交尾器を傷めず、交尾は上手くゆくでしょう。また、雌雄の同定は容易ではなさそうなので、単独飼育した数匹の成虫を広いケージの中で出会わせれば、交尾行動は見られると思います。
 問題は、どのような環境を設えれば産卵してくれるかですが、サクラやエノキに産卵することは解っているので、成虫が好んで産卵しそうな状態の木を用意できれば、成功するかもしれませんね。
 今回は、飼育セットということで幼虫をいただいたので、雑虫ではなく庭虫としました。

マダラシミ

2013/12/19


 昆虫綱総尾目の仲間は、昆虫の中でももっとも原始的で幼虫から成虫に到るまで無変態仲間です。イシノミ類とシミ類に大別され、本種を含むシミ類の多くは落葉樹や樹皮下に棲息しますが、ヤマトシミのように人家に好んで住む種もあります。本を食害する虫としてむかしから有名で、昭和の時代には家の中でも時折見かけましたが、最近はまったく見なくなりましたね。
 本種は世界各地の高温で乾燥した場所に棲み、水分は空気中から摂取します。多くの生き物のように水を直接飲む習性はないそうです。



 無変態の昆虫は、最も原始的な昆虫のベースを成す仲間で、太古のむかしにはたくさんの種を擁していたはずです。現生のシミ類が乾燥した高温環境という一般的な生物があまり好まない場所に棲息するのは、天敵の少ないところに逃げ延びてそこに適応した結果なのでしょう。
 高温乾燥という環境を設えるのはそれほど困難ではないので、飼育は容易です。それよりもこの虫を自然界で見つけるのが面倒です。ダンゴムシ等のようにホイコラ見つかる虫でもありません。


 ↑ 飼育の様子。卵パックを入れた小さな容器に、雑虫が入らないようなきめ細かいネットを施した通気孔を設けたもの。のちに繁殖して増えたので大きな容器に移した。

 最近は、世界中のいろんな小動物がペットとして流通し、多くの人たちが自家繁殖を手がけているので、様々な虫が餌用に市販されています。小さな小さな繁殖個体のために微細な虫を餌用に飼育している方も多く、それを通販で販売していたり。そうしたルートから本種のような虫も求めることができます。便利ですね。餌虫としてストックするので、飼育繁殖のノウハウまで教えてくれたり。こうしたことの研究が専門家のみならず多くのアマチュアの手で研究され、思わぬ微細虫がペットとしても手に入れることができるわけです。



 筆者が、幼少の頃から時折出会った懐かしシミは、ヤマトシミで、銀色の毛で覆われた微細虫をオバケのQ太郎に似てるなぁ、なんて感想を持っていました。この度、餌虫としてネット通販で販売されいたマダラシミは、可愛らしいバンド模様があり、ヤマトシミがオバQなら、本種はドロンパだな、なんて思ったわけですが、現代の若い人たちには通じないギャグですね。


 ↑ 15cmプラケースでの飼育の様子。

 最初は手のひらサイズの小さなケースで育てていましたが、よく繁殖して増えてきたので、15cmのプラケースに雑虫防止のフタをしてその中で育てるようにしました。2003年の秋から約4年間飼っていました。小さなスペースで手軽に飼えるのでまた飼ってみたいです。


 最初は、この虫を提供していただいた方の飼育法を忠実に再現し、ショウジョウバエの培地として併せて購入したものを餌にしていましたが、その後は、爬虫類用のフードを与えたりしました。右はシミによって食べられた、イグアナフードです。
 シミたちの足場として紙製卵パックを用い、1ヶ所に餌を、もう1ヶ所に加水したティッシュを少量配しておきます。ティッシュの水が蒸発して湿度を少しだけ上昇させ、それがシミたちの飲み水になります。



 飼育温度は25℃から40℃ていど。高温ほどよく繁殖するようです。ただ35℃に近づくくらいになると繁殖率は低下してきました。30℃くらいが適当かな。
 低温でも死滅することはありません。活動しなくなるだけです。
 ある時、どんどん数が減りかなりピンチになったことがありますが、その時の教訓として、あまり乾燥させすぎてもダメということを学びました。やはり生き物ですから水分は重要です。加湿ようの水は切らさないようにしないとダメですね。
 綺麗な大型昆虫もいいけれど、小さな容器にいる微細昆虫というのも、なかなか可愛いものですよ。

タガメ

2014/01/02


 タガメが庭虫なのか雑虫なのかは、迷うところでしたが、本種をはじめコオイムシやタイコウチ、ミズカマキリといった水棲カメムシの仲間、あるいはゲンゴロウ、ヤゴなどがショップで市販されることがあるので、庭虫としました。まぁ、この区分は筆者の勝手な分け方で大した意義もないと言われればそうなんですけど。
 2004年の夏、千葉県の某氏に卵塊を送っていただきました。親タガメは、茨城県で採集し間もなく産卵に至ったのこと。タガメの飼育経験が豊富な方で、産卵後1週間〜10日くらいで孵化すると教えていただきました。





 タガメやコオイムシはオスが卵を守る習性があり、タガメの場合は水面から突き出した植物の茎などにメスが産みつけた卵をオスが擁護し、時折水をかけるという世話まで焼くそうです。オスを一緒に送っていただいても、そのオスが卵塊をメンテナンスするかどうか判らないので、卵塊だけいただいて、オスの代わりに自分で時々水をかけてやりました。



 7月16日に産卵された卵塊とのことでしたが、それから1週間後の7月23日に一斉に孵化しました。卵から飛び出すように孵化した幼虫たちは、そのまま水の中に散ってゆきます。



 卵に対して幼虫はずいぶん大きく、こんなのがどうやって卵の中に収まっていたのか不思議です。100個ばかりの卵はほぼ全てが無事に孵化を迎えました。



 孵化した幼虫は、最初は白っぽい弱々しい体をしていますが、数時間で黒っぽくなり、通常生活ができるようになり、翌日メダカを与えたところ、すぐに捕食活動を開始しました。



 幼虫たちのハンターとしての腕前は素晴らしいです。物陰から素早くメダカに襲いかかると、前脚で挟み込み、ストロー状の口器を突き刺して体液を吸います。このあたりがセミやカメムシの仲間ですね。地上性のカメムシにも肉食のものがいます。



 そして7月27日。前夜から朝にかけて一斉に脱皮が始まりました。孵化して4日目でもう2令幼虫に昇進です。これにはビックリでした。上の写真で右下にいるのが2令幼虫。左上のものが初令です。



 そしてさらに数日後、3令に加令するものが現れ、8月初頭にはほとんどが加令しました。タガメの幼虫は数日ごとに成長するんですね。上の写真で下にいるのが3令、上の数匹は脱け殻。
 大型の衣装ケースでまとめて飼育していたのですが、死亡率もたいへん高く、3令までに8割りが死去しました。共食いも頻繁で死亡原因の多くがこれなので、ブリードしたい向きにはそれぞれ個別に飼うことをお勧めします。
 水棲カメムシの仲間は獲物の体液を吸うので、死骸は放置されます。これは水質悪化の原因になるので早々に取り除く必要があります。多数を飼育するとなると必要な生き餌の数もたいへんな数になるうえ、メンテナンスもたいへんです。大量のメダカのストックと延々と続く世話に疲弊してしまいますね。

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索引

目次
無脊椎 等脚類 クモ サソリ
多足類 無翅類 直翅類 半翅類
膜翅類 鱗翅類 鞘翅類 コガネ
クワガタ 魚類 両生類 カメ・ワニ
トカゲ ヘビ 鳥類 哺乳類 絶滅
庭草 雑草 高山 飼育 ヒト
□ 飼育動物データ


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