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情報の流れ(5)
情報の弊害

2014/11/12


 前項で情報のメリットについて述べましたが、ここでは弊害について見てみます。情報の弊害というと、詐欺やペテンといった他人に損害を与えるものを連想されるかと思いますが、情報は個人を陥れるばかりではなく、企業や団体、そして社会そのものに害を及ぼし、腐敗や堕落、社会不信と人間不信を蔓延させます。これは情報化社会が産んだ弊害ではなく、古来より人間社会に内在するものであり、テレビやラジオや新聞がマスメディアと呼ばれるようになった頃から急速に社会全体をむしばむようになりました。
 マスコミいわゆるマスコミュニケーションとは、マスメディアが媒体となって社会に情報伝達を行なうものですが、コミュニケーションとは言うものの情報伝達は一方的で、人々は専門家の発信する情報をもっぱら受け止めるしかありません。そして報道の専門家の思想は、経済本意の単純で俗悪な性格のものです。真実の報道という使命感は、売り上げへの影響、同業他社との競合という営利主義から、人間の行ないを醜く彩るという社会に対する裏切り行為に変貌してしまっています。
 たとえば、高校生がモノの取り合いで口論となり、それが増長して暴力に発展し死亡事故が発生したとします。被害者が亡くなるか否かの差は、実際には大きなものではなく、たまたま頭の打ち所が悪かったといった不運が、死亡事故という大きな事件を招いてしまったわけです。ことの真相を報道するなら、高校生同士が口論となり、互いに手を出すけんかに発展してしまったことから、運悪く頭部を強打し、それが原因でひとりが死に至ったという内容になるはずですが、マスコミは、それでは記事としてインパクトが弱すぎると判断します。
 昨日、某高校で生徒同士が争い、ひとりが死亡するという悲惨な事件が発生した。けんかの原因はモノの取り合いということで、些細な動機で若者がなぜ命を落とさねばならなかったのか、加害者は警察に殺意はなかったと話しているということだが、真偽のほどは判らない。というふうに感情的な表現に脚色されます。読者あるいは視聴者の関心をさらに引くために、キレやすい現代の若者、といった見出しで、過去の死亡事故例が列挙されたり、平和ボケがもたらす人命軽視の実情といった評価が付け加えられたりします。マスコミに踊らされた読者や視聴者が、それに乗じて、最近の高校生は恐ろしいとか、何を考えているか解らないと、高校生を総じて敵視するという愚行に至ります。いい年ぶっこいたジジィが、こうした報道を真に受けて、最近の若いもんは、なんて顔をゆがめているのを見ると、どんなに人生経験を積んでもアホはアホのまま、バカは死ななきゃ治らんのかと、溜め息が出ます。
 筆者は鉄道の駅という大勢の人の集まる場所で、日夜大勢の人間を見ていますが、高校生はおおむね良い子たちです。群れるとお行儀が悪くなる子たちもいますが、集団心理は年齢を問わず同じで、それこそジジィのハイキング客の集団のマナーの悪さ、酒グセの醜さは手が付けられません。新聞でも文化欄等では、高校生の善行が報道されたり、夢に向かって努力するさまが小さな記事になっていたりしますが、それが話題になったり、高校生に対する一般的な評価に反映されたりすることはほとんどありません。
 マスコミは人を悪く言い、評価を下げることにしか興味がないようです。それが民衆の関心事であり、人の善行を尊ぶ人間はいないと考えているようです。人がどんなに努力しても、どんなに善行を積んでも、マスコミが人の粗を探し出し、それを脚色して流布し、世の中が腐敗していることを主張し続けます。
 そりゃ、日本は資本主義社会です。超絶な資本競争が認められ、人と人とが競い、格差社会を構築することを旨としていることは解っています。殺伐とした憎悪や嫉妬が国の原動力であることも理解しています。ところが、表向きでは道徳を重んじ、自由平等を理想とし、差別をなくそうなんて言っているわけですから、まるで質の悪い冗談です。
 こうこと言うと、世間は"青い"とか"大人になれない"とかいう表現で単純に片づけてしまい、臭いものにフタをし、面倒から逃げ、ウソを吐くことを恥じないのが大人だと主張して譲らないわけですが、社会規模の壮大な本音と建前は、世の中を腐敗に導くばかりです。

 情報の弊害は、報道の悪意ばかりではありません。商戦の中にも巧妙に盛り込まれており、人の心を醜くむしばみます。美白や美顔といった化粧品のCM、着るものをスリムに見せるというファッション広告、ダイエット商品の告知、そしてそれらにまつわる人の平均や標準の定義。
 人をルックスで評価したり見下したりしてはいけない、ということは道徳として定義されており、万人の知るところではありますが、多くの人がマスコミに乗せられて美しきを奨励し、醜きを見下します。平均身長や平均体重といった過酷な数値を、それこそ義務教育の頃から叩き込まれ、個人が平均からどれだけ優れているかあるいは劣っているかを思い知らしめます。ファンッション誌には、モテるルックスがどういったもので、どうすればモテ顔に近づけるかがもっともらしく語られています。これに乗せられるそこそこ顔の読者は良いお客さんであり、あきらめて乗って来ない者はクズというわけです。
 女性が自分を綺麗に見せようとすること、可愛いあるいはかっこいいファンションに興味を持つことは自然で健全なことです。男性が美人に魅せられ、可愛い看板娘のいるお店に惹かれるのもおかしなことではないでしょう。しかしそれが女優基準、アイドル基準で語られることには問題があります。アニメのコスプレのように、なりきりごっこであれば文化として成り立ちますが、女優やアイドルを基準にして美醜競争が加熱しすぎては、世の中に差別や悪意がはひこるばかりです。
 筆者個人について申せば、160cmという身長は、男子としてはあまりにも低く、悲観的な人生を送らざるを得ないと周りからしばしば忠言され、成長促進にとせっせと牛乳を飲めと助言されてまいりました。親もこれでは嫁さんも来ないと心配しました。親に心配かけるとは親不孝者です。結論からもうせば日夜攻め来る牛乳に対するストレスから背が縮み顔がゆがみました。
 しかしながら、筆者にとって背が低いことはまったく苦痛ではありませんでした。ルックスが良くて自惚れているように見えるのも、巨漢でノッシノッシ歩くのも憧れではありませんでした。長身のせいで腰痛に悩まされたり、スポーツカーが狭すぎて長時間ドライブが苦痛だったりすることもうらやましくありませんでした。中高生あたりの頃から筆者がモットーとしてきたことは、"目指せ小型高性能"で、一見して貧弱で能力に乏しいように見えるが、ここ一番で力量を発揮できるような、そんな人間でした。そのためには男臭ムンムンの長身イケメンはむしろ無用の要素でした。そもそも筆者は酒と煙草と男が嫌いですし(笑)。
 しかしながら世間は、それを放ってはおきません。それが難義でした。哀れみや侮蔑、同情といったお節介が日夜降りかかり、人と接するのがひじょうに煩わしかったです。哀れまれても侮辱されても、平均値を大幅に下回る身長は治りません。それでは嫁も来ないと言われてもどうにもなりません。人間社会は様々な人間がいて多岐にわたる分業によって1人では達成できない変化と進歩をものにしています。すべての人が他の動物のように一様であれば、文化も文明も存在しません。だからいろんな人間がいて良いはずなのに、平均や標準という恐ろしい凶器が、それに満たない者を攻撃しにかかります。
 本当に恐ろしいものです、平均や標準という考え方は。そうした基準を実生活に持ち込まれるのは差別であり人格否定です。筆者は若い頃、周りからよく、生身の女に相手されないゲス野郎だからアニメの架空の女にしか興味を示さないとか、そんな容姿では街を歩くのも恥ずかしかろうとか、寂しい人生だとか、日々そうした罵詈雑言を聞かされました。標準を上回る人たちにとっては、平均以下の人間の存在が迷惑であるようです。
 みんながイケメンで、みんなが自分を着飾ることに余念がない世界は、彼らの理想なのかもしれませんが、それは実現しません。様々な人間がいていろんな個性が存在しなければ、人間社会の高度な分業は成立しないし、イケメンが大好きな服飾文化も生まれません。それにみんなが同じイケメンなら、イケメンの概念の存在しません。
 それでも世間は、小型高性能を目指すことで満足しているなんて人間を認めませんし許しません。取り柄のないクズの負け惜しみだと言って攻撃してきます。ほんとうざいです。自分より劣る者を見つけて見下さなければ成立しない自意識とは迷惑なものです。醜い者が迷惑というなら文化も進歩も捨ててサルの世界にでも行ってください。

 平均や標準、理想といった概念は、人を惑わせ陥れます。マスコミの商戦に使われる過剰な美の追求は、それを人間の理想であると定義することによって、人々を競わせ醜い者という定義を作り、人が人を見下すように仕向けます。映画スターやモデルを用いたCMは、現実ではありません。スターやアイドルは、一般人が手の届かないような美を演じるために、普通の暮らしを犠牲にしています。それは演じるものであり虚構です。人間が文化の歴史と共に培ってきた虚構の世界と、現実を混合すると、世の中は混乱し妬みや憎しみで満ちあふれます。
 筆者はオタクで、美少女アニメが大好物です。可愛い女の子キャラが大好きです。でもそれは現実には存在しない可愛さです。最近はK-POPにも興味を持ち、生身の女性が演じるアイドルを見るわけですが、彼女たちが美形でしかも絶品の笑顔を持つことはたいへん好ましいのですが、一般の女性がみんなそうであったら、アイドルの意味がありません。現実社会で重要なのは人当りの善し悪しです。

 マスコミやCMが一方的に垂れ流す情報の多くが、過度に経済本意に傾倒したもので、人々をそそのかしたり陥れたりするものです。詐欺やペテンのような具体的な被害がないだけにたちが悪く、社会そのものをむしばみ、差別や過当競争、妬みや憎しみを蔓延させます。社会の常識そのものが変質してしまっていることに多くの人々が気づきません。無益な競争や争いは我々の暮らしを陰湿で殺伐としたものに変え、それを食い物にしている権力者や資産家を喜ばせるだけです。
 こういうと、資本主義を否定する反社会分子みたいに思われるかも知れませんが、イデオロギーを否定しても権力者を拒んでも、明るい未来を目指す役には立ちません。日本の現行のイデオロギーは言論の自由、思想信条の自由を旨とする開放的で明るい概念に基づいています。ただ、経済本意の情報を垂れ流すのも、さじ加減を考えずに増長するばかりでは、社会はますます混乱し、やがてそれが権力者や資産家の尻にも火をつけることになりますよ、と言いたいのです。そしてそうならないためにも、情報を流される側も、なんでも盲信して鵜呑みにする態度を改め、自分の価値基準をきちんと持つことが大切です。
 つまり、マスコミが垂れ流す情報をペテンにするのも真っ当にするのも、受け止める側の力量にかかってるってことです。社会を支えているのはけきょく民衆なのです。

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