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群れ社会と単独生活

2014/12/19


 野生動物には、集団生活を営むものと、単独生活者がいます。そして集団生活にも様々な形態がありまして、魚のイワシの群れのように同じ世代のものが単一な大群を成すようなものから、高度な社会性を見せるものまで様々です。
 イワシの群れは、大勢が寄り添うことによって大きな魚のように見せ、天敵をびびらせる効果があるのだそうですが、筆者にはあまりその効果が伺えません。イルカたちは嬉々として群れに突進して行きます。おそらくイルカたちはイワシが群れてくれるおかげで効率的に餌にありつけ、ずいぶん助かっていると思います。
 大型の草食獣には、繁殖期以外は雌雄別々に行動し、同性同士で群れを作るものがあるようですが、そのメリットもなんだかよく判りません。
 ライオンやサルの仲間は、オスのボスを中心に序列社会を形成し、かなり高度な分業によって群れを運営しています。群れの中で分業が行なわれるという状況は、それを社会性と見なして良いでしょう。組織だった社会生活は、群れの中の非力な存在を効果的にカバーでき、野生生活において生存率が大幅に向上します。育児に追われるメスも充分に食事ができますし、幼い子供も外敵から守られます。
 同じように高度な分業性を構築しているハチやアリの社会では、哺乳動物とは逆にメスが中心になって社会が運営されます。構成員の大半を占めるワーカーもメスで、わずかばかりのオスは精子のストック役でしかありません。
 筆者が飼育中のオオゴキブリや、今年の夏から秋にかけて観察していたセアカゴケグモは、成虫や幼虫が共同生活しています。オオゴキブリは様々な成長過程の個体が共に暮らす亜社会性が認められていますが、セアカゴケグモに関してはそういった記述は見当たりません。しかし筆者の観察した限りでは、オオゴキブリと同じような集合状態が観られ、このことは非力な幼い個体の生存にとってたいへん有利であると思われます。
 また、繁殖期にだけ群れを形成する動物もいます。とくに昆虫ではそれが顕著ですね。カゲロウやカの群飛とか。あまり言われませんがセミなども同じだと思います。一定のエリアに同じ種の動物が高い密度で暮らしているようなケースを群生とも言いますね。

 同じ種類の動物が協調性を発揮し、群れるということは単純に考えると生きていく上でひじょうにメリットが大きいと思われますが、群れや社会性を会得している動物はそれほど多くはありません。群れるという習性は、単独でいるよりも天敵に狙われる危険性を低減できるとよく言われます。個体が密集することで大きな動物のように見せる効果があるそうですが、上述のイワシの例のように、群れることによって天敵に効率よく餌を供給でき、むしろ食われる数が増えるのではないか、そんなふうに疑っています。それよりも雌雄が出会うチャンスが増え、繁殖の機会が増大するメリットの方が大きいかも知れませんね。どんどん産んで増やすから、いくらでも食え、というわけです。
 ただ、大型の草食獣の群れのように同性が集団を作ったり、ガの幼虫のように同令の虫が肩寄せ合っているのは繁殖のメリットとは無関係なので、やはり定説のように群れる方が、的に襲撃される機会が減るのでしょうか? 同じところで一定の勢力を保つことによって競合する動物を締め出して、餌を独占するメリットもあるかもしれませんね。
 では、群れない動物は、こうしたメリットに魅力を感じないのでしょうか。バッタのように群生状態を構築するにもかかわらず、群れ社会を築こうとしないのはどういうことなのでしょうか。時折、巨大な群れを構築して草木を根絶やしにする大発生が生じるようですけど。バッタの大発生は植物に大きなダメージを与えますが、同様に自分たちも大量の犠牲を払います。奇妙な現象ですね。
 同じ直翅目の昆虫でもキリギリスは、テリトリーを持ち、エリア内に同種を寄せつけません。餌を確保するためなのでしょうか。しかしながらキリギリスはバッタのように植物をモリモリ食べません。むしろ肉食性が高い昆虫です。それならカマキリのようにテリトリーを作らず餌を求めて渡り歩いた方が良いような気がします。
 貪食な肉食動物、とくに爬虫類や両生類、魚類、昆虫類といった仲間は、目前に動くものを見つけると、それが自分より大きそうなら敵と判断し、食べられるサイズなら食いつきます。同種であろうと我が子であろうと容赦はありません。背中に卵を背負って保護するコオイムシの子供たちも、最初の敵は母親だったりします。母親は自分の食料を確保するために卵を保護しているのでしょうか。このように、肉食性の動物の場合は、群れを形成するのに、同種を認識するための高い知性(後天的な学習能力とは限らない)を必要とし、なかなか難しい問題があります。ハチやアリは捕食性も高く極めて攻撃的な性格を有しているにもかかわらず、高度な社会生活を実現しています。一方で、クモやカマキリでは、交尾のためにメスに近づくにも、オスは命懸けです。オスがメスへのアプローチに失敗し、獲物と見なされてしまった場合、交尾は実現せず、繁殖の機会が妨げられることになります。
 肉食動物でもライオンのように高い知能を持つものは、問題なく群れ社会を形成していますが、たいていの場合、獰猛なハンターたちの同居生活は上手くゆかないようです。

 一匹狼という言葉がありますが、群れることへの仲間関係の煩わしさを好まず、自分の判断と能力で生きている孤高の象徴みたいに用いられますが、野生動物の多くは孤高の存在です。彼らは単身で暮らすためのあらゆる能力を備えています。
 では、単独生活者は、他の個体とまったく相いれないのでしょうか。
 卵生の動物の場合、卵は一ヶ所にまとめて産卵されたり、卵嚢という形でひとかたまりで産みつけられたりすることが多く、それらは一斉に孵化を迎えます。多くの場合孵化した幼体はそのまま散り散りに別れて行くのですが、一定期間を群れで過ごす習性のあるものもいます。小さく脆弱な間だけ群れることのメリットを利用するのでしょう。動物の群れの原型はこうした生態にあるのかも知れませんね。あるいは平素は単独生活でも、育児の間は家族生活を営むものもいます。ネコ科の仲間の多くがこれに該当します。魚や軟体動物でも普段は単独生活しているのに育児の間だけ親子で暮らすものがいます。獰猛なクモやサソリの仲間も、背中に子供を背負っている間だけは優しい母親です。
 筆者が飼育しているヘビの仲間では、同種同士、あるいはサイズの似通った異種を同居させるられる種がかなりいます。ヘビ食いもたくさんいますが。彼らは典型的な単独生活者で、小鳥や小さな哺乳類を捕食する種であっても幼蛇のうちはトカゲやカエルを食べます。そうした動物が問題なく同居できるのはどうしたことでしょう。野生生活においても、カエルを見たら食いつくものの、ヘビ同士では軽くあいさつでも交わしているのでしょうか。大きなケージに数頭のヘビを入れておいても共食いすることはありません。彼らが争うのは、たまたま同じ餌に飛びついてしまったときくらいのものです。この様子を見ていると、彼らが群れで暮らせるのではないかと思ってしまいます。もちろん同居は100パーセント安全というわけにはゆかないと思いますが、ヘビに関する限り筆者の経験では共食いが生じたことはありません。
 自然界では、単独生活者であっても他の生き物と共生するものもいます。寄生や片利関係のように一方だけが利益を受けたり、一方的に被害を被るような関係もありますが、お互いに有益な関係を築いているケースも少なくありません。有名なのはイソギンチャクとクマノミ、ヤドカリとイソギンチャク、ワニと小鳥(木村カエラの?)などですかね。アリと暮らしている虫もいますね、シジミチョウの幼虫、アブラムシ、アリヅカコオロギ等々。普通なら食うものと食われるものであるはずの動物同士が、相互の利益のために一緒に暮らすなんて実に高度な生活形態です。
 筆者はまた、中型のアガマ科のトカゲたちを数種類同居させていますが、けっこう上手くいってます。上手くゆかなかったこともありましたよ、非力なトカゲが咬傷を負ったり拒食に陥るようなこともありました。でも普通に考えてそれが当たり前でしょう。それなのに同居が上手くゆくケースの方が多いのが不思議というか面白いというか。出身国もちがうトカゲ同士が、同じ巣穴に潜り込んでいたり、大きなトカゲが小さなトカゲを背中に乗せて歩いていたりするのを見るのは、微笑ましい光景ではありますが、納得ゆきません。1つの皿に複数のトカゲが頭を突っ込んで食事している様子も、とてもトカゲとは思えません。日向ぼっこもみんなで重なり合って、呑気なものです。人工の飼育環境という特殊な状況が、彼らの共同生活を可能にしているのでしょうが、人工環境だと共同生活が可能になる理由がわかりません。彼らにそうした暮らしが可能である素質がもともと備わっているのでしょう。
 野生生活では、1頭のトカゲが占有している巣穴に、他種のトカゲが入り込んで、共同生活が始まるなんていう現象があるのでしょうか。コモド島の怪物コモドドラゴンも最近は人間とけっこう仲よくしているそうですし。あるテレビ番組では、乾期にようやく見つけた水辺に、シマウマの子供が夢中で飛び込んでゆくと、先客のライオンが場所を譲ってやっているのが放映されてました。ハンティング以外では彼らは意外にも仲良しなのでしょうか。うちのエジプトトゲオアガマも30cmを越えるサイズですが、自分より小さな同居者を背中に乗せたり、餌皿で場所を譲ってやったりします。

 単独生活者は孤高の生き物であって、他の動物とは絶対に相いれないという認識は、思い違いなのかもしれません。彼らにも共同生活ができるだけの素質はあるものの、平素その必要性がないために単独で暮らしているのかもしれません。それに単独生活者であっても棲息環境には様々な生き物が存在しており、それらすべてをテリトリーから退けていたのでは疲れ果ててしまいます。同種のオス同士は出会うと争うものの、異種に対しては無関心という動物もけっこういます。ベタやプレコといった魚もオス同士は激しく争いますが、他種との混泳にはひじょうに寛容です。筆者の水槽でも15cmのプレコが5cm足らずのドジョウと混泳しており、ドジョウもプレコをまったく恐れません。同居中の魚が死ぬとたちどころにプレコの餌になります。
 単独生活者でも、同種間で群れないけれど、異種混合の群生には向いているような種は少なくありません。野生では単独生活のトカゲを飼育し始めて、なかなか餌を食べてくれなかったのが、人によくなれた他種のトカゲと同居させると、採餌するようになり、その後も順調に同居生活を送っているといったケースもあります。他種の振る舞いから、餌の食べ方や、人工環境が安心できる場所であることを学習するのでしょうか。

 自然環境においても、動物たちは一見、単独生活しており他の動物とは相いれないように見えても、じつは動物同士食うか食われるかの関係だけでなく、互いに興味深く観察し合い、生きる術を学習し合っているのかもしれません。目の前の動物が敵あるいは餌であるとは限らないのではないでしょうか。そしてその究極の形が異種間の相利的な共生関係というわけです。
 人の観察では解明できていないような、人の目には共生関係とは映らないような、動物同士の関係性というものが存在し、そのネットワークが生態系の調和を可能にしているのかもしれません。生き物を観察する場合、目に見える群れや群生だけを生き物の社会性であると考えるのは、正しいとは言えないのかもしれません。

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