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他画自賛

2014/12/29


 自画自賛という言葉がありますが、意味することは自分の行ないを自分で褒めることです。誰でも知ってますよね。そしてこれは自分そのものを誉め称えるというふうにも拡大解釈されることも多いようです。自分が好き、自分最高、それを自画自賛と称したりとか。なんか調子ぶっこいててヤな感じの響きがしますが、自分が可愛いのは人の常でして、他人に吹聴しなくても心の中で自分の行ないや考え方を褒めたくなることってあるでしょう。
 それと同じくらい、人はしばしば他人を褒めます。あの人はすごい、あの人はえらい、あんなに苦労しているのにいつも笑顔で、じつに立派な人だ。この他人を褒めるという衝動には、社会の中で人と折り合いたい、上手くやってゆきたいという自分を庇護するための願望があるとも言われますが、すべてが自分をよく見せるための計算であるとは限りません。人は純粋な思いで他人を褒めたがるものです。
 そうした、他人を褒める行為の中で、自らの交友関係を第三者に自慢するといったケースもよくありますね。私にはこんなすごい友だちがいる。私は素晴らしい友だちに恵まれていて本当に幸せだ。このような友だち自慢のことを筆者は他画自賛と呼んでいます。
 ある時、職場の後輩が筆者に友だち自慢をするわけですよ。自分は大勢の良い友人に恵まれて本当に幸せだ。これまでの人生でどれだけ友人たちに救われたかも知れない。でも自分は彼らとはちがって無力だから、人助けなんかできない。自分も友人たちのように立派な人間になりたい。
 筆者から見ても、おそらく他の大勢の人たちから見ても、その後輩は彼の友人たちに負けないくらいの人格者で、人助けもたくさんしています。それに気づいていないのは本人だけというわけです。あまりにも謙虚な方なので、自分の行ないや能力には気づかないんですね。
 そこで筆者は、その後輩Aさんにこう言いました。自分の知るある人も、友だちのことを良く褒めていた。その人の優しさや強さについて何回も聞かされた。その人の名をたしかAって言ったなぁ。謙虚で優しくて自分に厳しいAさんは、顔を真っ赤にして、筆者が彼をからかってると言ってうつむきました。可愛いですねぇ。
 たいへん尊敬しているAさんにそんなウソを吐いたりからかったりするわけがありません。なので付け加えて言いました。あなたの友人たちが素晴らしい人たちばかりというのなら、それはあなた自身が立派な人だからだ。その人たちが素晴らしいのも、あなたのおかげかもしれない。
 類はともを呼ぶって言うでしょう? 良い人間関係に恵まれているということは、そう感じているご本人も悪い人じゃないってことですよ。自己中心的で計算高くて卑しい人が、友だちを褒めて第三者に自慢したりしませんって。心の卑しい人たちは打算でつるんでいるだけです。

 他人を褒めるということは、じつは自分を讃えていることと同じなんですよ。Aさんもそのことに気づいて、もっと自分に自信を持ってもらいたいと思いました。
 筆者の別の経験では、偉大な人、大きな業績を残した人ほど、人を尊敬すること、人から学ぶことを知っています。そして自分と畑違いの人をバカにしたりなめたりしません。スポーツを得意としない筆者にテニスを教えてくださった会社の先輩は、テニスでは全国レベルの腕前ですが、オタクな筆者が同人誌などを作っているのを知って、すごい尊敬するとおっしゃいました。スポーツマンからなめられたことは山ほど経験しましたが、尊敬すると言われたのは初めてでした。

 日本人は、他の国の人たちに比べれば人前で自画自賛するようなことは少ないです。褒められても謙遜するくらいですし。それでも他人を褒めることには躊躇はないでしょう。そしてそのことが実は自賛だったりするわけですよ。友だち自慢がすなわち自分自慢を兼ねているわけです。他画自賛の面白いところは、それが自賛であるとは自分も聞き手も気づかないってことです。むしろ気づかない方が良いこともあって、友だち自慢をあまり得意気に語ると、聞き手に、それって偉いのはあんたじゃなくて他人様だろう、って突っ込まれるかも知れません。他画自賛の良い使い道は、他人をして自分を知ること、良い友だちに恵まれているということを自信につなげ、もっと自分の力量や可能性を知ることですね。そして褒めるべき自分は、他人を尊敬できる自分、他人の行ないに敬意を払える自分であることに気づけるといいですね。
 プライドという言葉を、他人に負けたくない、負けていないという思いから、他人を認めない、他人を見下す、他人を受け入れないことだと勘違いしてしまうことがよくあります。自分の信条や行ないに自信を持って行動することは重要ですが、そのことで他人を軽視するのであれば、そんなプライドはむしろ必要ないものです。プライドとは自分を認める以上に他人を認められることです。

 良い人間の周りには良い人が集まると申しましたが、人の善悪や価値というものはじつは相対的なものであって、同じ善行でも立場がちがう人にとっては悪行になる場合が多々あります。他人のひとつの側面だけを見てその人を判断するのはよろしくありません。1度その人に悪い印象をいだいたからといって2度と口を利かない、絶対に信用しないという態度は、人間関係において損失につながつことが少なくありません。その人に対する悪印象は、何らかの悪運が重なったための誤解、あるいは偏見だったのかもしれません。むやみに他人を信用するなとよく言われますが、騙されるのが怖くて他人の言うことを聞けなくなる、信じられなくなるというのは、つまり自分の経験不足、力量不足の証しでもあります。騙されて損害を被ることよりも、何も信じずに損をしていることの方が大きな場合も多々あります。まず、人間関係を避けてばかりでは成長しませんし、他人のウソを見抜く力も養えません。
 それに、信頼関係というものは、人を何倍にも強くしてくれるものです。それを築いて行くには、自分が他人にとって信頼に足る人間になることが重要で、他人を認めない、敬わない人は、他人の信頼を得ることも叶いません。
 また、人間は変われるもので、悪い人もずっとそのままではありません。環境や状況が人を悪人にしてしまうもので、その人を取り巻く人間関係が変われば、その人自身も変わります。あなたがその人を変えることができるかもしれません。
 人間社会で強く優しく生きて行くには、良い人間関係を築くこと、他人に自慢できる友人をたくさん作ることですね。人と人との信頼関係がもたらしてくれるものは、ほんとうに素晴らしいものです。人間は独りでは生きられないし、独りになってはいけません。
 人の値打ち、あるいは人格というものは、人間社会においてどれだけ多くの信頼関係を築けているかってことだと思います。

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