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栽培観察逸出

 動物を身近なところにつなぎ止めて管理することを飼育と言いますが、植物を管理する場合は栽培と言いますね。我々小動物好きの人間が書物やネットの情報等で教わる重要事項に、飼育動物を逃がさないというのがあります。ヘビやトカゲや虫といった、一般的にメジャーでない動物を近隣社会に放逐しますと、ご近所の方々に精神衛生上の被害を与えます。筆者がいくら可愛いと主張しても、彼らのことを理解してくださる人間は少数派で、この状況は今後もあまり変わらないと思われます。
 と言いつつ、筆者も近隣の方たちが飼っている犬たちから、吠え声とか糞の精神衛生上の被害を被っているのですが、そのことはペット業界の権力が強いので、べつにいいじゃないか、お前も犬を好きになれよってことになっています。
 飼育動物の放逐は精神衛生上の被害ばかりでなく、傷害の被害を及ぼすこともあります。大型の爬虫類が逃走した場合、小さな子供がいるのに、とか言って大騒ぎのニュース三昧になりますが、ペット犬に咬まれる被害は毎年その何千倍に及びますが、これも、ごめんねで済んでおり、子供たちのペット犬被害の脅威は改善されません。
 そして自然愛好家がもっとも気にする、ペット放逐による被害は、生態系への悪影響ですね。逃げ出した小動物が野生化した場合、生態系のバランスが崩れたり、在来種が大きなダメージを受けることになるというのですね。別の場所で採集した虫を、同じ種類の虫がいるところに逃がしても遺伝子レベルでのダメージを受けるそうです。ある記述に遺伝子の多様性がそこなわれるとありました。これは筆者には理解できません。別の場所で育ったもの同士が遺伝子レベルで差異があるというのは理解できるのですが、それら産地ちがいの同種が交配してなぜ多様性がそこなわれるのでしょうか。産地特有の形質や素質に新たな多様性が加わるんじゃないのか、と思うのは誤った素人考えなのでしょうか。人間の場合は、婚姻は血縁の遠い者同士ほど良く、国際結婚はまっことによろしいとか聞いたことがありますが、産地ちがいの同種間交配で遺伝子の多様性がそこなわれることはないのでしょうか。

 へ理屈はさておき、飼育動物を放逐する、すなわち動物を移動させることは、移動先の自然に何らかの悪影響が出る可能性が懸念されるゆえ、やってはいけないというのが定説です。いろいろ疑問が残るものの、筆者もこの考え方は支持しています。やっぱ一定のルールを設けておかないと、移動三昧はよろしくないです。疑問は残るものの、現行のルールは甘すぎると思います。罰則を厳しくしろとか言うのではなく、弊害や規制の重要性をもっと広く知らしめるべきだと思います。
 ぶっちゃけますと、どんなに規制を設けても動物たちは移動しますけどね。人間の目を盗んで輸出貨物に乗り込んだり、移動する人や動物にくっついたり。輸出入する植物にまぎれ込んだり。人間の出すゴミだって小さな動物の移動手段ですし。それでも移動の規制は必要です。その必要性をより多くの人々が知るべきです。

 では、植物はどうなのでしょう。植物だって動物と同じ生物であり同じタイプの遺伝子を持っていて、多くが雌雄で交配します。植物愛好家の中には、花の害虫だと言って虫を嫌い、虫を飼うような人を快く思わない人がいますが、悪いけどそれでは植物愛好家として半人前です。本来顕花植物と昆虫はひじょうに密接な関係にあり、植物愛好家は、昆虫愛好家が植物について学ぶ以上に、虫についていろいろ知らなければなりません。筆者のように動物植物の隔てなく双方を愛でる人はえらいですね(笑)。
 動物の移動については多くの人たちが懸念していますが、植物に関してはどうなのでしょう。植物は移動しても動物のようには悪さをしないですか? 生態系に影響を及ぼさないですか? 問うまでもありませんね。外来植物の来日定住によって数々の在来植物が衰退して行きました。
 飼育動物を管理する場合は、ケージに閉じ込めて逃げないように配慮しますが、植物の管理はオープンな庭で行なわれるのが主流で、温室や室内で管理する植物はそれほど多くありません。筆者も栽培している植物のほとんどを庭に植えています。
 庭には虫や野鳥が出入り自由です。うちに植えてある植物の実を食した鳥が、別の場所で糞をすると、種の状態で植物が移動したことになります。虫や鳥が運ばなくても、風で飛んで行く種子もあります。オキシペタルムの種子なんか、いい感じに綿毛がついています。タンポポのそれと同じように風に乗ることができます。うちの庭から出て行った植物の行方は分かりません。代りによそからもいろんな植物が飛来し、定住しています。その多くは雑草ですが、庭で大繁殖しているオオアマナは、もともと園芸植物が逸出して野生化し、その野生化したものがうちの庭に飛び込んで繁殖したものです。そのうちポピーがうちの庭に咲くんじゃないかと心配(期待)しています。近所の歩道の植え込み等は、野生化したポピーだらけです。植物は移動し放題です。
 庭という環境は、周りをフェンスや石垣アスファルトで囲まれ、次の理想的な土環境までは隔てられていることが多いですが、それでも植物たちは逸出します。うちのフェンスを超えて石垣に垂れ下がったオステオスペルマムの蔓状枝を、通りすがりの人が手折って持って行ったのを見かけたことがあります。「綺麗なお花」そう言って少女は嬉々として自分ん家に植えるとママに訴えておりました。たまたまママと目が合った筆者は、力強いOKサインを送っておきました。移動しましたねぇ。人ん家の植物を手折るのはよろしくないかもですが、道路沿いの石垣に植物を垂らしている筆者の方が数倍よろしくないでしょう。
 筆者の母は、ハイキング等でおもろい植物を見つけると、持ち帰って庭に植えることをよくやらかしていました。生物の移動が云々という筆者のごたくなど、おだまりっと一蹴し、母の庭は鬱蒼とした森と化していました。なんとも節操のない森でしたが、筆者の庭の現状を見るにつけ、我ながら血は争えんなぁと思います。うちで猛威を揮っているオステオスペルマムやコバナノランタナは、筆者が知らないうちに母と息子が、母の庭から移動したものです。

 去年は、小さな植物を求めていろんなところを歩きましたが、そりゃもう町も野山も数々の逸出植物で満ちあふれていました。園芸植物として農家が育てている草花も、付近の野山に逸出しておりました。もう手が付けられません。植物は移動三昧です。
 それでも、生物の移動は生態系に対する影響が云々という理屈で、植物の移動を危惧する声はほとんど聞かれません。いいのか、それで……などとは申しません。申せるわけがない、植物の移動に加担している張本人のひとりですから、筆者も。

 自分の庭の植物の逸出を防ぐ手立ても持たぬ者が、虫を逃がしたらあかんとか、移動させてはいかんとか申すことに何の意味があるのだろう、ふとそんなことを考え、頭がかゆくなりました。植物の逸出には、うれしそうにそれにくっついて行く小さな虫とかもいるわけですし。
 ……結論、動植物や自然との付き合いは、そうした矛盾との戦いなのです。動物愛護という考え方でも、すべての生き物を愛護することはできませんしね。ネズミを庇護すればヘビが餓死しますし、雑草に哀れみをかければ栽培している植物がダメージを受けます。
 こういうのを水掛け論とも言いますが、水掛け論を延々と続け、真の結論に到達できないことが、ナチュラリストの所業であり、ナチュラリストたるものの避けては通れぬ道でもあります。

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