スズメバチいろいろ
2013/11/30
スズメバチは、筆者が大好きな昆虫の1つであるわけですが、この虫との思い出は断片的なものがほとんどで、いつの場合も予期せぬ時にバッタリ遭遇するといった感じです。オオスズメバチと俗に呼ばれる、いわゆるスズメバチは働きバチでも40mmていどのものがざらにいて、独特の羽音を響かせて筆者を感銘させてくれるわけですが、有名な球状の巨大な巣は、じつはスズメバチのものではなく、キイロスズメバチという小型種の仕事であったことを知ったのは数年前のことでした。
筆者が山野でそれを見かける場合は決まってすでに使われていない廃屋で、巣の主が登場なさることはなかったのですが、あの見事な造形がスズメバチよりずっと小さなハチの仕業であると知った時はひじょうにショックでした。
ハチの生態に詳しくない人たちは、あの吊り下げ型球状巣をオオスズメバチのものであると信じているかと思いますが、あれを建造するハチはキイロスズメバチというオオスズメバチの半分くらいの大きさのハチです。
そうなのか、それならスズメバチとその仲間について少々勉強してみるか、ということでネットでいろいろ調べてみたのですが、最も参考になったのはスズメバチ駆除の業者さんのサイトでした。そこに記載されているスズメバチの恐ろしさについて読む内に、このハチに魅了され、あまつさえ捕獲して飼育に及んだことさえある自分を愚かに感じました。でもカッコイイし。
さらに調べるうちに昆虫を採集して標本作りをしている方とメールをやりとりし、日本の様々なスズメバチの標本を集めることができました。収集には数年を要しましたが、今頃ようやく標本を整理して箱に納めたところです。
今回はその標本の写真と併せて、日本に棲息するスズメバチ3属16種について簡単な解説を試みます。なお、生態や形態についてはスズメバチ駆除業者のサイトや学術サイトのお世話になりました。
◆Vespa(スズメバチ属7種)
↑ スズメバチ Vespa mandarinia
女王バチ40〜48mm、働きバチ27〜43mm、オスバチ35〜40mm。オオスズメバチとも呼ばれ、働きバチでもひじょうに大型なものが多く、野外で目撃するとよく目立ちます。数千匹を育てる大型の巣を作りますが、木のウロや半土中といった閉塞環境に営巣することが多いです。人間などが巣に近づくとカチカチという威嚇音を鳴らしますが、これを聞いたときにはすでに臨戦態勢で襲われる確率はたいへん高いです。林に棲む蛾の幼虫からコガネムシ、カミキリムシなどを捕獲して幼虫の餌にしますが、秋口から他のスズメバチやミツバチの巣を襲うようになります。
↑ キイロスズメバチ Vespa simillima
女王バチ25〜28mm、働きバチ17〜24mm、オスバチ約28mm。比較的開放的なところに大規模な巣を作り、数千から一万匹の幼虫を育てます。成虫の活動期間も長いうえに、山岳地から都市化が進んだところにまで進出しています。攻撃性が高く、刺傷被害の最も多い種。オオスズメバチよりも気が荒いような気がします。北海道には亜種のケブカスズメバチが棲息しています。
↑ ヒメスズメバチ Vespa ducalis
女王、働きバチ、オスバチの体長の差異はあまりなく、25〜35mmていど。オオスズメバチに次いで大型のハチですが、巣の規模は数百頭の幼虫を育てるていどと小さく、攻撃性も高くないようです。また食性がアシナガバチ限定で、もっぱらアシナガバチの巣を襲って幼虫の餌にします。
↑ コガタスズメバチ Vespa analis
女王バチ25〜30mm、働きバチ22〜28mm、オスバチ25mm〜27mm。北海道から九州南部の島々にまで分布し、都市化の進んだところにまで進出しています。女王が単独で作る初期巣はトックリを逆さにしたような形状で、巣の最下部が出入り口です。働きバチが巣立ってくるとボール状の外皮のある巣に発展させます。千頭ほどの幼虫を育てます。
↑ ツマグロスズメバチ Vespa affinis
女王25〜28mm、働きバチ20〜22mmでオスバチもほぼ同等。宮古島以南の島々に棲息し、コガタスズメバチ同様に女王が単独で作る初期巣はトックリを逆さにした形状です。その後働きバチが羽化してくるとボール状の外皮を持つ巣に発展させますが、千から4千頭の幼虫を育てます。小さな虫ならなんでも捕獲するほか、果実にも訪れます。
モンスズメバチ Vespa crabro
女王バチ28〜30mm、働きバチ21〜28mmでオスバチもほぼ同等。コガタスズメバチと似ていますが、両複眼の間にある単眼の周囲が黒いこと、腹部の模様が波形になることで区別できます。低山地に棲息し、閉塞環境に営巣しますが、今では減少傾向にあるそうです。
チャイロスズメバチ Vespa dybowskii
女王バチ30mm、働きバチ17〜24mm、オスバチ20mm〜27mm。キイロスズメバチと同じくらいの小型のスズメバチです。赤茶色の頭胸部に黒っぽい腹部をしています。女王は単身で他のスズメバチの小型種の巣に侵入してそこの女王を殺し、繁殖を始めます。女王を殺された働きバチたちはそれとは知らずに本種の幼虫を育て、やがて本種の働きバチが宿主の働きバチと入れ代わってゆきます。
◆Vespula(クロスズメバチ属5種)
↑ クロスズメバチ Vespula flaviceps
女王バチ15mm、働きバチ10〜12mm、オスバチ12〜14mm。小さくて黒いスズメバチですが、北海道から九州まで広く分布し、低山地から平地にかけてよく見かけます。閉塞環境の主に土中に営巣し、その規模は大きく1万頭以上の幼虫を育てることもあります。小さな昆虫を捕獲します。
↑ ツヤクロスズメバチ Vespula rufa
女王バチ16mm前後、働きバチ12〜14mm、オスバチ13〜17mm。北海道から九州まで広く分布していますが、本州以南では高山に棲む傾向があります。閉塞環境に営巣し、主に土中に小規模の巣を作ります。幼虫の数は数百から千頭ていどです。
↑ キオビクロスズメバチ Vespula vulgaris
女王バチ18mmていど、働きバチ10〜15mm、オスバチ約15mm。中部地方以北から北海道に棲息しますが、個体数は多くありません。閉塞環境の主に土中に長球形の巣を作り、その中で数千から1万頭近くの幼虫を育てます。
シダクロスズメバチ Vespula shidai
女王バチ15〜19mm、働きバチ10〜11mm、オスバチ12mm〜14mmと女王が大きくよく目立ちます。クロスズメバチよりも山地寄りに多く棲息します。クロスズメバチよりは棲息個体数が少ないと思われますが、営巣規模はより大きくなる傾向にあります。
ヤドリスズメバチ Vespula austriaca
バチ16〜18mm、オスバチ11〜16mm。働きバチは存在しない。女王はツヤクロスズメバチの巣に侵入してその女王を殺し、オスと女王を産んでツヤクロスズメバチの働きバチに育てさせます。ヤドリスズメバチの寄生により、ツヤクロスズメバチは繁殖能力を失うので、本種はツヤクロスズメバチの働きバチが充分に育った巣を見つけて侵入することが重要になります。
◆Dolichovespula(ホオナガスズメバチ属4種)
↑ キオビホオナガスズメバチ Dolichovespula media
王バチ19〜22mm、働きバチ14〜16mm、オスバチ15〜20mm。本州では山岳地帯に多く北海道では低地や都市化の進んだところにも棲息しています。北方に適応した種のようです。外皮のある吊り下げ型の巣を作り、数百から千頭以上の幼虫を育てます。オオスズメバチのように腹部は明瞭なバンド模様になりその見かけに似つかわしく高い攻撃性を有しています。
シロオビホオナガスズメバチ Dolichovespula pacifica
女王バチ16〜18mm、働きバチ11〜14mm、オスバチ13〜17mm。本州、四国、北海道の山地に棲息しています。巣は外皮のある吊り下げ型で、数百から千頭以上の幼虫を育てます。黒い体に白いバンド模様があります。攻撃性はそれほど強くありません。
ニッポンホオナガスズメバチ Dolichovespula saxonica
女王バチ16mm〜18mm、働きバチ11〜14mm、オスバチ13〜17mm。北海道の低山地から山岳地帯に棲息し、道東ではかなり普通に見られる種です。開放的なところに営巣することが多く、外皮のある吊り下げ型の巣を作り、数百から2千頭ていどの幼虫を育てます。全体的に光沢のある体をしています。
ヤドリホオナガスズメバチ Dolichovespula adulterina
女王バチ16〜18mm、オスバチ14〜18mm。北海道と本州の山岳地帯に見られる希少種です。女王は単独でシロオビホオナガスズメバチの巣に侵入し、女王を殺して繁殖を始め、宿主の働きバチに幼虫を育てさせます。自ら働きバチを産むことはないので、宿主の働きバチが充分な個体数存在している必要があります。
↑↓ スズメバチの標本の比較。
以上、きわめて簡単にスズメバチについて見てまいりましたが、この昆虫の高度な社会性や他のハチを襲ったり寄生したりといった興味深い側面がお判りいただけると思います。大型のスズメバチは寄生の習性は持たないものの、他のハチを襲撃することは珍しくなく、他種への依存度は高いと言えるでしょう。特定のハチを専門に襲う偏食性のスズメバチや寄生性の種は、生活史を宿主のそれに合わせる必要があり、生活様式も限定的になります。
いずれの種も外皮のある高度な巣を作りますが、中には巣棚の育房が露出しているものや不規則な形状のものなど、未熟な感じの巣を作るものもいます。スズメバチ属、クロスズメバチ属は木質感のある巣を作りますが、ホオナガスズメバチ属は白っぽい和紙のような外皮の巣を作ります。
ハチ、アリを含む昆虫綱膜翅目の虫たちは、ひじょうに高い社会性を有することで有名ですが、その中でもスズメバチは、アリと並んで高度で大規模な社会性を見せます。ご存じのようにアリの仲間は翅が退化し、完全な地上性の昆虫に進化していますが、女王アリとオスアリは羽化してしばらく飛翔能力があり、繁殖範囲を拡げるのに役立てています。アリが地下に広大な洞窟巣を作り、女王を中心にした巨大な社会を形成するのに対して、ハチの仲間は高い飛翔能力にものを言わせ、広範囲な生活圏をもちます。また、腹部に毒針を持ち外敵や獲物の動きを止めるのもハチの特性です。スズメバチやアシナガバチ、ミツバチの仲間は育児室を主体とした大がかりな巣を作成しますが、ジガバチやヤドリバチのように営巣せず単独で生きている種も少なくありません。
アリは、膜翅目の仲間から羽を退化させ地上性の生き物へと進化したと思われますが、その際に腹部の毒針も消失したのでしょうか。あるいはアリが分化した後にハチたちに毒針が発達したのでしょうか。ハチの攻撃性と毒針は、巣を守るのになくてはならない武器になっていますが、アリたちは巣を地表から隠蔽している分、ハチほどの攻撃性や毒針といった武器は要らないのかもしれませんね。もっともアリの多くの仲間が、他の虫や他のアリの巣を襲撃する習性を持ち、地表というステージに限ってはひじょうに好戦的な虫ではあります。
ハチは、行動範囲が広いですから、様々な食料を狩猟や採集によって獲得して巣に運び、巣の機能はもっぱら育児用になっていますが、アリの場合は自分たちの足だけで策餌するので、狩猟や採集だけでは思うような収穫が上がらないこともあるでしょう。それを補うためにアリには、シジミチョウの幼虫の飼育、キノコの栽培、ポットアリによる滋養の備蓄といった高度でユニークな生態を持つものがいます。またアブラムシの群れを天敵のテントウシから守り、栄養液をもらうという行動は、巣外での放牧ですね。
ちなみにハチたちは、幼虫にせっせと餌を運んで育児しつつ、幼虫が分泌する栄養液が主食になっています。ハチの幼虫はポットバチの役割も担っているわけです。
小さな虫たちの高度な社会生活には目を見張る者がありますね。