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ヒトの社会生活.

2014/01/09


 小動物や草花ばかりいじめていないで、たまには人間社会というものを観察してみましょうか。生物学的に言うと、社会生活あるいは社会性というものは、同一種が育児や群れの維持のために集合している習性を言うかと思いますが、ヒトの場合も同じで、ヒトという種が群れて大きなパワーを発揮している状態が社会生活です。ヒトは極めて社会性に適合した存在で、独りではひじょうに無力で、自然界で生きてゆくにはなにかと不利です。サバイバルの訓練を受けた人は長期間密林で独り暮らしをすることが可能かもしれませんが、そんな人でも気心の知れた仲間と群れていると安心感があるはずです。逆に人と一緒であることが苦手というケースでは精神的な欠陥を心配してしまいます。
 人間は、社会に所属することで安心を得ることができます。政治にどんなに不満があっても我慢して社会に停まるものです。人間は、社会生活を維持するためにいろんなことを我慢します。魅力的な異性が間近にいてもみだりに干渉したりしませんし、他人が美味そうなものを持っていてもそれを欲しがったりしません。社会生活は我慢の連続です。
 では、人間が理性という衝動抑止機能を失って、本能の赴くままに行動したとしたら、社会は崩壊してしまうのでしょうか。欲望の赴くままに異性を襲ったり、人のものを奪って食べたりするのでしょうか。この問いにイエスと答える人は少なくないでしょう。でも果たしてそうなのでしょうか。
 人間の歴史には血なまぐさい殺戮や略奪が付き物ですが、その多くがじつは個人的な暴走の集大成ではなく、宗教的あるいは政治的傾倒によるものです。

 人間がヒトに進化する以前から、祖先たちは社会生活を営んでいたはずです。現生の類人猿たちのように、育児しテリトリーを守り、大規模な集団生活をする種では様々な年齢の個体が共同生活しています。彼らもまた理性で欲望を抑えて暮らしているのでしょうか。
 社会を統べる立場にある人たちは、法と裁きがなければ民衆は暴走してしまうと信じているようです。多くの民衆もまたその考えに洗脳されています。しかし多くのルールが、一部の悪人のために設けられた縛りであって、世の中のほとんどの人たちは社会を維持するために必要な分別というものを持って自発的に行動しています。つい出来心で小さな悪事を働いてしまったからと言って、そのまま悪人に転向してしまうことは多くはありません。社会は一部の悪人のために法でがんじがらめになっており、過失によるルール違反さえも罰せられます。ただ、悪事というのは数が少なくても影響力が大きく、野放しにはできないもので、ルールや制裁をなくすことは難しいでしょう。
 社会を統べる立場にある人たちは、法と裁きによって民衆を制圧し、世の中を正しく維持しているとはいうものの、社会を統べる本人たちが欲に溺れて悪事を働いたり、民衆を戦争に導いたりすることがしばしばあります。現に国家レベルの競争や暴力は後を絶ちません。
 この様子を見て、人々は人間を愚かな存在だと言います。そうなのでしょうか。確かに人間は地球を瞬時に焼き尽くしてしまうほどの火器を製造してまで国家間でにらみ合っています。宗教的理由や過去の争いの因縁で国同士で反駁し合うことも日常的です。
 人間社会全般を見渡すと、人々は延々と争っているように見えるかも知れませんが、身辺の社会では、近隣の人たちはみんなマナーを守り、気持ちよく挨拶を交わしますし、戦争賛成なんて過激なことを言っている人はあまり見かけません。みんな地球環境を大切に思っていますし、そのための小さな協力にも賛同しています。平和を望み、子供たちの将来が明るく豊かであることを望んでいます。
 近隣の人たちを見ている限り、争いや暴力あるいは途方もない権力や財力を望み、そのために他人が飢えたり傷ついたりすることも平気という人たちはなかなか見当たりません。それとも口には出さないけれど心の中では殺戮や略奪を望んでいるのでしょうか。生き物や人を殺傷するのもじつは平気なのでしょうか。おそらくそうではないでしょう。

 こう考えると、権力や暴力や差別を望んでいるのは、ごく一部の特殊な考えの持ち主であって、人類のほとんどは協調性があり平和を望んでいるように思えます。
 最近は、人件費削減でセルフサービスが増えました。スーパーでも鉄道でもセルフサービスばかりで、万引きや不正乗車に対してすきだらけです。それでもほとんどの人たちが自発的にルールを守り、社会秩序を維持しようとするから、セルフサービスが成立するのです。多くの人々がじつは心の中で悪事を企んでいるのだとしたら、セルフサービスはうまくゆかないでしょう。
 正常な人間は、様々な独占欲だけではなく、人の役に立ちたい、人から喜ばれたい、人が窮地から助かると嬉しい、そんな欲求も持っています。子供もほめられるために頑張ります。
 権力や暴力や差別を望み、弱肉強食が人間本来の姿であると考える人は、ごく一部のきわめて特殊な考えの持ち主です。そうした人を除外すれば、ほとんどの人々は平和を望み明るい未来社会を希望する健全な人々です。しかしながら、ごく一部の特殊な考え方は権力者によって正当化され、人の歴史は争いの繰り返しであったと吹聴され、義務教育も勝ち組負け組という差別を産むための制度になっています。

 人々は愚かではないです。理性を失ったら欲望のままに他人を傷つけたり略奪したりするしか能がない存在であるというのも間違っています。人はヒトに進化する前から、協調性を重んじ、他人から喜ばれたい、他人の役に立ちたい、他人を助けたいという欲求を持っていました。それゆえに群れは維持され、苦境を乗り越え、人はヒトに進化したのです。
 以上は筆者のご都合主義的な考えですか? 権力者のおっしゃることが正論で、人間は争いが好きな愚かな存在なのでしょうか。そうだとしたら現在に至るまで滅びることなく繁栄してきたのは、どうしてなのでしょうね。

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