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神々のシナリオ

2014/01/15


 ヒトを生き物のひとつとして観察するには、神の手を借りるのが一番です。神は、わざと1種類の人間を皮膚の色のちがいや言葉のちがいに分け、相互に出会わせてどんな反応をするのかを見ているといった具合です。地球を宇宙人が作った実験槽だ、なんていうSF的発想もありますよね。
 古来より、ヒトは異文化に触れると、それを恐れ可能であれば撃退しようとしました。しかし戦争ばかりしていたわけではなく、なんとかして意思の疎通を図り、交易しようという試みもたくさん成されて来ました。
 科学技術がどんどん進歩し、情報が一瞬にして世界を巡る時代になると、国際社会の概念が発達してきて、多くの人々が世界がひとつになることを望むようになりました。そうした高次元社会においても争いや衝突も絶えないところがヒトという存在のやっかいなところですが、それを乗り越えようという努力があることも事実です。
 生物学的には1種の動物が、世界中に適応放散し、それぞれの地で異文化を育んだのちに相互に出会うようになったというのは、じつに出来すぎた神のシナリオにさえ見えます。表意文字を使う狩猟主体の民族と、表音文字を使う農耕主体の民族とでは、思考パターンがずいぶん異なります。同じ地球にいながらこれほどの差異が出来るまで本格的な交流を持たなかったというのは偶然なのでしょうか。
 多民族が集結して、国際社会が育まれ、同じ情報を共有するようになるという状況は、ヒトにとってすさまじい進歩でした。その度に多くの試練を乗り越え、様々なことを学びました。国際社会の確立のためには、多民族性という試練は不可欠のものであったのでしょうか。それが神のシナリオなのでしょうか。そして次に人類を待ち受けるものは宇宙世紀ですか? 生活習慣のちがいによって生じた文化の壁を打ち破って意志の疎通に成功するカギとなったものは、ヒトが生物学的に同一種であるということではなく、方法は異なっても同じ自然、同じ物理法則を学んできたということです。
 人類は、その英知を総動員した学術知識で、物理の法則あるいは物理定数が宇宙全体で普遍であることを学びました。来る宇宙世紀に異星人と遭遇することになっても、彼らもまた異なる方法であっても同じ宇宙の法則を学んだものであるはずで、そこに意思の疎通の活路を見いだせるでしょう。

 ところで、筆者は神を信じるかということなのですが、ノーとは答えられないです。自然の成り立ちや星や生物の進化のシナリオがあまりにも出来すぎていて、そこに何らかの知性の介入があることを疑ってしまいます。宗教家の方々のように具体的な神々の様子を提示することはできませんが、我々の関知しない高次元の意志の存在を想定しないとうまく説明できないことが多すぎます。DNAなんか神が作った生態系構築マシーンじゃねぇの、なんて。
 もしかすると、人間ひとりひとりの心がじつは根っこでつながっていて、それが神だったりするのでは、そんなことを構想したりします。心の壁で隔てられた個人の意識という状況が人間であって、死んで肉体をなくしたら元の全体意識に帰るとか。想像はあれこれ膨らみます。

 異星人を題材にしたある有名なSF小説に、科学者と宗教家が対立するシーンがあります。科学者は「自分は科学者として確認していないものを信じることはできない」と神の存在を否定します。ところがその科学者は異星人の存在を信じて疑わず、異星人からの信号を探索し続けています。地球人が実在することで異星人の存在の可能性を推論できますが、それを確認したわけではないのに、その科学者はどうして異星人を信じることができたのでしょう。
 地球人が石器人からエレクトロニクス文明人にまで進歩するのに1万年弱の時間がかかりました。我々は文明人としての営みを1万年ていど続けたに過ぎません。異星人がどこか遠いところにいたとして、彼らは何万年存続したでしょう。隣の星雲に行くにも光の速度で長い歳月がかかるような広大な宇宙のどこかで、彼らは今もちゃんといてくれるでしょうか。あるいはこれから何万年後に文明を獲得するかもしれません。こう考えると異星人は存在したとしても相互に出会う確率はひじょうに小さいと言われます。でもそれは単純な計算式の問題です。
 宇宙の広さは無限ではないし、年齢も無限ではありません。ビッグバン理論によると宇宙は誕生してから138億年ていどであり、初代の星雲が進化して超新星爆発を起こして、種々の重い原子が誕生したのは、もっと新しい出来事です。そこから2世代目の星ができてそこに生物が発生して文明人が進化するのに数十億年かかるでしょう。地球人では太陽系誕生から46億年ほどかかりました。異星人の捜索の時間幅がだいぶ縮まりましたね。
 話しが飛びますが“引き寄せ”という考え方をご存じでしょうか。ある人たちは引き寄せを宇宙の法則の1つであるとも主張しています。この場合の宇宙とは世の中という意味合いに近いかもしれませんが。すなわち自身の身の上に起こることは自分が思ったことであるというような考え方で、単純に言うと、そう思ったらそうなるみたいなことでしょうか。その専門書もあれこれ出ているようですが、引き寄せを理解することが成功すなわち金持ちの秘訣みたいなうたい文句があったので、一気に読む気が失せて、詳しくは見ていないのですが、その効果というか引き寄せの作用というかは、あんとなく判る気がします。物事を熱心に研究していると、たまたま良書にめぐり合ったり素晴らしい出会いがあったりということを経験している人は多いでしょう。あの書物に、あの人に出会えたおかげで自分の理解が格段に向上したみたいな。そうした出会いは、引き寄せによって自分の身に起こるのかもしれません。
 むかしから日本でも“縁”を大切にする風習がありますし、一念岩をも通すという言葉もありますように、一見して個人では成すことが困難な仕事でも、信条を持てば良い縁に恵まれ、自分の進むべき道にとって有益な人や考え方に出会うことができるというわけです。そうして人は類は友を呼び、同士が集まって大きなことを達成できるのかもしれません。
 同様に、自然界でも様々な変化に見舞われながらも生態系が維持され、ヒトが進化してくるまで滅びないという奇跡が起こったのかもしれません。そうなれば引き寄せは万有引力みたいな、宇宙の法則ですよね。事象はかくあるために好都合な事象を引き寄せるのかもです。
 なので、引き寄せあるいは縁を大切にしないと、目の前にある出会いを見過ごしてしまうことになるかもですよ。そして、我々地球人と異星人とで互いに信条を持てば、出会える日がやって来るかもです。
 多くのSFで、異星人は侵略者であり、我々は核かウィルスをぶち込んでこれを撃退しなければなりませんが、引き寄せによって出会える異星人はきっと友好的ですって。彼らがどのような宇宙概論を持ち合わせており、かつまた彼らの盲点に我々が気づいており、相互に補填して高め合えるような、そんな出会いをしたいものです。異星人と我々はどんな話しをするのでしょう。神は実在するのか? 宇宙の成り立ちはじつのところどうなっているのか? 時間と空間とそこに存在する事象の本質はどうなっているのか。議論することで互いに新たな発想に至るかもしれません。
 けっきょくこの宇宙は、神というひとりの作家が描いた壮大な物語だったりして。もしそうであっても悲観する必要はありません。神が描いた宇宙の物語からすると我々の生きる時間は一瞬かもしれませんが、それは方便というものです。我々は確かな時間を有意義に生きています。
 我々の小さな力と時間がたくさん集まって、世の中は前へ進みます。遠い過去からずっと、人間社会を導いてきたもの、科学技術の進歩に寄与した力は、大勢の人々の熱い思いです。そのことだけはまちがいありません。某書が言うところの引き寄せと成功の構図を、大勢の力で世の中をリードしてゆく構図に変えたいものです。

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