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マスとエリート

2014/01/23


 政治経済の世界あるいは経営の世界では、人々をマスという1つの現象のように観ることがよくあります。マスとは集団や大衆というような意味で、マスコミやマスメディアという言葉でお馴染みですね。政治家や経営者というものは、我々一般市民を人の流れとして見ているわけで、どのような刺激を与えればマスはどう動くかという、まるで飼育動物を観察し実験するようなことをやっているわけです。そこには個性や例外的なものへの配慮はなく、流れに逆らう量が許容範囲内であれば、政治的経済的判断は正しかったということになります。
 政治家や経営者以外の人たちは、社会というケージの中で飼い馴らされるほかないのでしょうか。ところがおもしろいことに、政治家や経営者もマスを構成する人員も同じヒトなんですね。太古の王朝では、国を統べる者と民衆はちがう生き物のように思われていました。しかし現代社会では、両者は同じ存在であり、統治者は大衆の中から公正に選ばれるべきものだとされています。
 政治家や経営者とはべつに、様々な文化的な才能で社会的優位を獲得する人もいます。作家や音楽家、芸能人やスポーツマンなどの肩書を得て知名度が上がり経済的豊かさを獲得し、社会に様々な影響を与えることができるようになります。彼らはマスで動く凡人たちとは明確に異なり、エリートであるとか勝ち組であるとか呼ばれたりします。

 筆者は、まごうかたなき凡人です。社会に対しての影響力は皆無です。筆者のような凡人は、ヒトとしてマスとして行動するほかないのでしょうか。それだと楽で良いのですが、そこがそうはゆかないのがヒトの人たるゆえんでして、人間社会の様々な事柄に文句のひとつも言いたくなってしまうこともあるわけですよ。エリートと言われる人たちの判断や考え方が、身近な人々の意見や希望と大きく隔たるようなことは多々あるわけで、そこに義憤を抱くことも少なくありません。戦争やマネーゲームという略奪主義に多くの資源や資産が浪費されているのを見ると、人間社会の未来についても不安になってしまいます。
 エリートといわれる人たちは、社会をリードしているつもりでいて権力と財力を盲信する狂信者なのではないか、マスに属する人たちの中にこと多くの良識が存在するのではないか、そんなことを誰しも考えるでしょう。
 むかしから、民衆は優れた統率者を求めているとか、世の中はヒーローを欲しているなんて言われてきましたが、それも現代のネット社会では古びた考え方のように思えます。生まれ落ちるからネット社会が当たり前の若者たちはどう考えているのでしょう。自分の無能ぶりを自覚し、優れた王やヒーローの到来を待ち望んでいるのでしょうか。
 我々アナログ時代の経験を経てネット社会に飲み込まれた世代の者にとっては、かつてのヒロイズムというものはかなり色あせて見えます。筆者が子供の頃には、将来の夢といったら「末は博士か大臣か」なんて言われたものです。考案発明によって名声を手にするか、政治家として名をあげるかが野心みたいに言われていたわけです。でも、今頃こんなこと言っても一笑に付されるだけでしょう。
 ネット社会は、アナログ時代よりも人々を平等に近づけました。ネット犯罪や超管理社会といった弊害が危惧されますが、犯罪なんてネットがなくても発生します。それよりも人々は格段に多くの情報を手にすることができるようになりましたし、活発に意見交換ができるようになりました。ネット社会のおかげで社会が悪くなってしまったということはないと思います。むしろ多くの人たちがネット社会に夢や希望を抱いているでしょう。
 ただね、情報ネットワークが私利私欲を充足させるための手段として使われるだけなら、それは前時代から思想的進歩がありません。むかしは作家や漫画家、音楽家としてメジャーデビューしようとしたら、プロが設けた登竜門をくぐる以外に道はありませんでしたが、ネット社会ではプロを無視して人々の支持を獲得し、メジャーな人になってしまうこともあります。そんな事例に憧れて、ネットをデビューの手段と考えるのも悪くはないでしょう。悪くないですが、ネットが勝ち組負け組をふるうための手段に終始するのなら、社会は進歩していないように思えます。

 平等社会なんて考えられません。マスとエリートが存在すること、ヒーローやアイドルが脚光を浴びることも、今後もなくならないでしょうし言わばそれが人間社会なのでしょう。知名度が高く、常に多くの人々の視線を浴びている人は、たいへんなプレッシャーと闘っているでしょうし、プライベートの時間も多くはないでしょう。そうした状況で精神の安定を保ち、人々の期待に応えるためには、お金もかかります。凡人よりも生活の潤いがなければやってられません。それに社会的影響力のある人には様々な思惑が群がり、お金の流れができますから(経済効果とか言われますよね)流れの渦の中心が貧乏では安定した流れを維持できないでしょう。

 ネット社会という言葉は、政治経済にたずさわる人たちにとっては、お金の流れのデジタル化というふうになるかと思います。光の速度で地球を網羅する情報網により、お金の流れも高速化され、人生の浮き沈みも速く激しくなった。しかしネット社会の別の意味は、財産の電子化のみならず、情報の共有の効率化であり高度化です。
 たとえば筆者の得意分野の生き物の飼育ということでは、ネット社会のおかげで多種多様の生き物がペットトレードに乗るようになり、多くの人たちが家にいながらにして高度な飼育ノウハウやツールを入手できるようになりました。また、多くの飼育者がネット上に意見や情報をアップすることによって飼育に関する情報も洗練されてゆきますし、飼育のみならず、野生での生態や自然との関わりについてもより多くの人たちが知るようになりました。今では、アマチュアの飼育者が飼育難易度の高い動物を育てたり繁殖に成功したり、新たな品種を作出したりすることが、それほど珍しいことではなくなりましたが、アナログ時代にはそれは学者が専門施設でする仕事でした。ひとむかし前のプロの科学者よりも高度な技術を身につけたアマチュアもたくさんいます。ネット社会は多くの高度な科学者を育て、多くの洗練された情報を世界に広めているわけです。
 むかしなら、プロの科学者がわずかばかりの研究結果をしてそれが真実であると公表すれば、一般の人々はそれを信じるしかなかったのですが、今の時代はそうはゆかなくなりました。公的な発表は瞬時に多くの人の知るところとなり、多くの人の手で追試や考察が行なわれます。これは素晴らしいことです。

 人間社会がマスとエリートに区分される考え方はなくならないでしょう。それぞれの分野の権威や、ヒーロー、アイドル、カリスマ、そうしたものが無用とは申せません。人間が知性と共に感情を持つ生き物である以上、偉人に憧れたり畏怖したりといった衝動は抑えられませんし必要なものでしょう。
 しかしながら、ネット社会によってマスとエリートの関係も様変わりしてゆきます。自分がマスに属する凡人だからといって、聞く側の人間、従うだけの存在に終始するという状況は少なくなります。同様にエリートだからといって、発言力が約束されているとも限らなくなります。
 これはマスというもの自体のレベルが上がることから生じる現象で、古来よりそれは地道に進められて来たのですが、ネット社会によってそれが顕著になって来ました。世の中、高い技術を身につけた識者だらけです。時代をたがえれば有名人として人を統率したような人が、凡人としてゴロゴロしています。そのことの認識が今の世の中には足りません。
 社会が混濁している、政治家や経営者が汚いと言う前に、自身は何をしたかを自問してください。会社組織に属しているなら、陰で愚痴を言うだけでなく意見を述べるべきです。上申や提案、あるいは労働運動に参加すべきです。自身がただ従うだけのマスではいけないと気づくはずです。商売をやっているなら、近隣の同業者と積極的に協議し、町に共栄圏を築いてください。オタクなら漫画や小説を書いてください。書けないなら既製の作品を評価して、それをブログ等で公表してください。今はそれができる時代なのです。
 かく言う筆者も偉そうなことは言えないですが。あるとき筆者は政治家になることを勧められたことがあります。確かに公的な場で発言力を持つということには魅力を感じましたが、政治家のスタイルにはついてゆけそうにもありません。またある時は、小説を書いているならプロを目指さないのかと問われたことがあります。それは政治家よりも数百倍魅力的なものに思えましたが、作家を職業にすると、SF作家であるとかサスペンス作家であるとか、読者の期待に沿った型にはならなきゃならないそうです。筆者は小説の執筆に負けないほど自然科学のことやら、生き物の観察記録を書いてきましたので、型にはまった職業作家とナチュラリストを両立させることに不安を感じました。原稿の締切りに追われてヘビやトカゲの給餌を忘れたら大変じゃないですか。
 人から注目される人間になるというのは、なかなか魅力的なことですが、筆者はエリートの力よりもマスの力を信望しています。できることならば、大勢の人で力を合わせて何かを作りたいですね。様々な考え方の人間が集まって、1つの作品を作るということの素晴らしさは格別です。様々な生き方を経験し、学んだものもちがうのに、1つの目標に向かって心を1つにするって、本当にすごいことです。筆者は、会社での労働運動や若い頃の同人誌作りを通じて、その喜びに触れました。そうした経験からも、人間社会を本当に動かしているのは、マスの方だと信じるわけですよ。

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