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雑記帳のこと

2014/01/21


 筆者は若い頃から雑記帳という言葉が好きでした。むかしはパソコンがありませんでしたから、記録的なものはノート等に残すしかなく、様々な観察記録をノートごとに分けるよりも、雑記帳ということでまとめてしまう方法をよく採っていました。雑記帳、便利でいい言葉だと思いません? とりあえず筆者はむかしから今になってもこの言葉が大好きで、こうして電子記録時代になってなお、採用しているわけです。
 雑記帳というと、専門別のノートとはちがって、何でも一緒くたに覚え書のように書き綴るというニュアンスがあるかと思いますが、筆者にとっては雑学ノートみたいな意味合いもあります。たとえば、爬虫類というものを専門的に知識として習得しようとすると、生物学上の位置づけ、進化系統分類上の位置づけといったものを学び、体の構造や解剖学的なことを学び、主だった種や生態について学ぶといった具合に、爬虫類とは何なのかを学習することになるかと思いますが、これが雑学としての爬虫類ということになると、えてして応用編が先行する場合が多くなります。とりあえずあるトカゲを可愛いから買ってみた、お店の人に餌と飼い方を教わった。専門書を見てみるとそれはトカゲの仲間でもヤモリといわれるものの一種で、イモリとはまったく別の生き物だと解った、そんな感じに生き物に直接触れることから始まって、専門知識はあとから学ぶという具合です。
 専門的にものごとを学習するのと、雑学としてものごとに触れ、興味を持ったのでもう少し専門知識的なものを掘り下げてみようというのとでは、概して本末が転倒しています。
 海外のことはよく判りませんが、日本の学校教育や企業内教育では、専門知識の習得が実技より先行することが多いと思います。英語がまったく話せないのに、難解な英文法を次々に教えられ、どんどん英会話から遠ざかってしまいましたし、会社に入ってからも教習所で理論や法令をうんざりするほど教えられ、仕事の現場に出てみるとそれらがあまり役に立たなかったということは、誰しも経験していることではないでしょうか。今から思えば学校教育の英語は、英語という分野で人をふるいにかけて優劣を着けるためのものであって、その代償として英語が話せなくなってしまうというとんでもない代物でしたし、企業における理論先行型の教習も新人の従順さを試すためのもので実際の仕事は現場の先輩が教えてくれるものでした。筆者の知る英会話の達人の方も、学校での英文法は役に立たなかったし、今でも英文法の試験で良い点をとる自信がないとおっしゃっていました。
 爬虫類や昆虫のベテランのブリーダーに、高校での生物の授業はどうだったかと尋ねると、何を学んだか覚えていないとか、何の役にも立たなかったと答える人が少なくありません。彼らは先に本物の爬虫類や昆虫に触れ、それが実際にどのようなものかを自分なりに理解したうえで、専門書を読んで学術知識を会得します。生き物の繁殖と育て方しか知らないというブリーダーはほとんんど聞いたことがありません。彼らはみんな高度な専門知識を有しています。現物を目の前にしているから、専門書に書かれていることもより正確に理解でき、学習も進むようです。
 理論先行型の学習では、実物がどんなものかを体験せずに理屈を学ばねばなりませんから大変です。爬虫類は変温動物で大脳も発達していないと学んだあとで実物に出会うと、彼らが高い学習能力を持ち、日光浴によって恒温性を維持することに驚かされます。ヘビの仲間には発熱して卵を保温するものもいます。変温動物と恒温動物という考え方よりも、体温維持を何に依存するのかという外温動物と内温動物という表現の方がずっと実践的です。
 雑学は、実物先行タイプの学究であると言えます。まず実物に遭遇してそれに興味を持ち、それが何かを調べるために専門書を開きます。専門教育では先に専門書をひもときますが、考えてみれば学術的知識というものは、もともと存在する実物を概論するために分類法や名称をあとから人間が定義したもので、先に実物ありきなのです。文法も同じことです。太古の人たちが言葉を使うようになったとき、先に名詞や動詞を考えてから会話を始めたわけではありません。文法は、より大きな社会のより多くの不特定多数者に言葉を伝えるときに必要になった法則性であって、先に会話ありきなのです。

 高等教育の世界では、専門教育の習熟というものが高く評価され、その努力が一定の単位という基準で認められ、趣味の雑学は軽んじられ、努力ではなく道楽であると定義されます。そんな世間体はどうでもよいことなのですが、専門教育では単位という一定の到達点があるのに対し、雑学にはそれがありません。目標があっても到達度や習熟度を知る基準はありません。
 筆者は、目の前にいる動植物が進化的にどんな経緯をたどって今の姿になったのかを知ろうとしてあれこれ勉強し、それが講じて人間社会の将来性についても考察する羽目になりました。これが雑学のおもしろいところでもあります。生物の進化と生態系と人間社会の将来性なんて、既製の何学なんですか? でも○○学とか○○考としてまとめられそうでしょう? ただそこに社会的に認められない、多くの研究者によって追研究が行なわれないという点がはなはだしく素人なんですけどね。
 専門教育は比較的短期間で概論を習熟しますが、独学はその何倍も勉強してなかなか結論に到達しません。ひじょうに非効率的でそれを職業にするには不向きです。しかしながら、現在のネット社会では、素人研究家が専門知識に触れたり、最先端の学術情報に触れることも不可能ではなくなり、かつまた自身の研究成果を発信できるという機会に恵まれるようになりました。それは素晴らしいことなのですが、ネット上に発信するなんていうことになると、それなりの責任感というか、適当なことを言ってるとたたかれるんじゃないかっていう恐れというか、事故満足の勉強では済まないという思いが出てきます。生まれ落ちるからネット社会が当たり前の世代の人たちは、この現象をどのように消化しているのでしょうね。

 ということで、筆者の雑記帳は、思いつくままに観たもの感じたものを書き綴る一方で、それなりの分類(章分けして整理)をして読者を想定した記事にまとめ、素人なりに高みを目指してゆこうと考えています。 

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