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こだわらないというこだわり

2014/01/21


 人間には誰しもこだわりというものがあると思います。自分なりのテイストやスタイルというものを持たないという人は少ないでしょう。筆者は多趣味である(とよく言われるが本人はそう思ってない)せいか、個性的な方や高い専門知識を持ち合わせた方との付き合いもそれなりにあって、しばしば他人のこだわりに振り回されて来ました。かく言う筆者は、没個性的でこだわりの少ない平凡な人間なもので。
 映画の見方、小説の読み方をあれこれ解説され、そんなもんどうでもいいと言うと、それでは本当に作品を楽しんだことにはならない、作者の意図を読み取っていない、と呆れられます。職業評論家ならぬ素人の自分に、作品の嗜み方なんて重要なのかよ、なんて思うわけですよ。
 筆者の読書傾向を振り返ってみると、漫画やライトノベルというオタク的嗜好のものが多く、次が翻訳もののサスペンスですか。映画や小説ではホラーも好きです。猟奇的でグロテスクな表現も大好きです。陰湿なサスペンスも好きですが、痛快アクションも好物です。筆者の自室には、アニメのフィギュアや人形や、戦闘機やスポーツカーのモデル、動物のフィギュア、ハチの標本なんかが並んでいます。書棚にはアニメのDVDとか若い頃に作った同人誌なんかがあります。机の上にはパソコンのディスプレーと魚の水槽と巻き貝を飼ってる金魚鉢があります。壁にはK-POPアイドルのポスターがあれこれ貼ってあって、ウォークマンにはアニソンやラジオドラマやK-POPが詰まってます。デジタルフォトスタンドには、虫や爬虫類やK-POPアイドルやアニメがランダム表示されます。そしてクローゼットにはなぜかメイド服がぶら下がっています。自宅の駐車場は奥のスペースがガラス温室になっていて、そこに生きた虫や爬虫類を収容しています。
 そんなに多趣味だと、けっきょくアブハチとらずになってしまうだけでは、と多くのこだわりある人たちから蔑視されてきました。でもね、素人だし、アブハチとらずでもいいんじゃね? って思うわけです。人間の生活なんてこんなもんでしょ、とも思うんですよね。人間の生活ってことで言えば、鉄道会社に勤める筆者は、電車の免許も持っていますぜ。乗務員時代は左ハンドルの電車を運転したあとに、右ハンドルの車を運転して帰宅したものさ。
 スポーツ系は得意じゃないけれど、硬式テニスを10年以上続けたし、社内の駅伝大会にも出たし、自転車で四国一周とかもした。最近はスポーツジムで老化防止に励んでます。
 多趣味って言われますが、何かを突き詰めようとすればけっきょくいろんなこと学んだり嗜んだりしなくちゃならないってことになりませんか? 生き物飼うだけでは文章力つきませんし。こうして文章を書けるのも図鑑や専門書を読破したからではなく、アニメ観て言葉や表現を覚え、会社勤めやスポーツを通じて人間関係を学んだおかげですって。
 筆者は、生物の進化に興味を持って生き物を飼い始めたわけですが、そこから生物の社会性、人間の社会性ということに研究は広がりました。これは言わば必然性でした。そして生物学を長く嗜んだ者であっても、生物学的見地からだけでは人間社会を観察することは不可能で、アニメや同人誌仲間と築いた横社会、会社勤めと労働運動で直面した縦社会というものを経験して学んだことが役立っています。

 こだわりある人たちのこだわりには、えてしてこだわり自体が目的っていうケースが多いような気がします。いわゆる形やスタイルにこだわることで、人に見られる自分を磨きたいみたいな。どこにでもたくさんいますよ、こだわりある人たち。アニメでも映画でも、生物業界でも。僕が美少女アニメを見ていると「悪いけど、萌えとか興味ないし」なんて言われますし、ホラー映画を見ていると「こけおどしに専念していると思想がなくなるよ」なんて言われますし、安価なトカゲや採ってきた虫を飼っていると「あなたにとってペットは生きてりゃ何でもいいわけ?」なんて言われます。
 こだわりある人に言わせると、お気に入りの作品、お気に入りの作家、好きな監督、好きなアイドルってものをちゃんと持ってなきゃならないそうです。そりゃ僕にもあるていどはそういうのありますけど、こだわり屋さんほど明確に自分のお気に入りなんて決めてないです。自分が出会った名作ベスト10とか決めてる人って、自分には無理なのですごいとは思いますけど。

 筆者が多趣味なら、趣味の少ない人ってどういう感じですか。筆者は、あまり一般的でない趣味をいくつか持っているからそう思われるだけです。世間には、釣りが好きで、海外旅行もバンバン行ってて、さまざまなスポーツをこなし、ギターが弾けてカラオケも得意で、お酒も嗜むしギャンブルも好き、そんな人っていくらでもいるじゃないですか。そして恋人の影響で英会話も始めた、パンやお菓子作りも覚えた、とどんどん趣味が増えている。筆者はそのいずれもダメです、残念ながら。絵を描いたり楽器を弾いたりくらい少しはかじりたいものです。海外旅行も行きたいし、日本語以外の語学も勉強したいです。人の社会性をもっと学ぶためにも。
 筆者は、無理して多趣味になったわけじゃないし、しょせんは筆者なりの見方感じ方でいろんなジャンルを眺めているにすぎません。それぞれの趣味に応じて自分を変えたり、自分の多面性を発揮したりするわけでもありません。むしろ生き物もアニメもスポーツも同じように接して、そこにこだわりやスタイルを持ちません。それでも自分なりの方法ってものは自然に身につくのでしょうけど、もしそれがあるとしたら、こだわらないというこだわりかもしれません。

 筆者は、スタイルにこだわらないので、いろんな方法を受け入れます。否定や反対や主張はあまり強くはしません。けっこう他人の言うことを信じます。時には騙されて失敗します。多くの失敗をしてたくさん恥をかいてきましたが、それも経験として受け入れるようにしています。失敗や屈辱も授業です。他人の失敗もあまり責めません。失敗の多くは経験の多さです。挑戦者はなまけ者よりも失敗する機会が増えます。
 専門用語や専門ツールへのこだわり、高尚なものと低俗なものとの分け隔て、日本語の乱れや若者言葉への蔑視、そうしたことがらは筆者にとってはあまり有益ではありません。専門用語はかっこいいし嫌いじゃありませんが、専門用語で武装して一般人やその考え方を遠ざけるのは不利益です。知識は専門家や専門書の中にだけ存在するのではありません。低俗とされるものの中にも優れた知識がたくさん隠れています。若者言葉とそれに伴う日本語の乱れこそが活きた日本語です。最近筆者が覚えた“やばい”という言葉なんで、絶妙すぎてやばいです。

 そんなわけで、平凡でこだわりが少ないことが筆者の信条です。テイストやスタイルは、自分でそう決めるよりも、経験を重ねれば勝手に身についているものなのでしょう。それがどんな形なのかは筆者にとっては重要ではないです。どうでもいいです。
 こだわりによって自らの経験や考え方を一蹴されてしまうのは不快です。素人呼ばわりされるのはかまわないのですが、話しも聞いてくれないならその人と関わる意味がありません。知識をひけらかして経験浅薄者を鼻で笑うのも不快です。そういう方を見ていると、自分のスタイルなんて決めるもんじゃないな、とつくづく思います。

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