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喫煙の話し

2014/02/22


 筆者が子供の頃から成人に至るころまで、日本人男子の喫煙はごく一般的なものでした。未成年者の喫煙が違法であるのはむかしも変わらず、喫煙が体や脳の働きによくないことも古くから言われていました。ところが喫煙、飲酒、賭博は政府が仕切る国民の娯楽として承認されており、それらは国が運営し民間企業は携わらないものだったのです。
 未成年者が喫煙すると脳の発達を阻害しますし、成人であっても吸いすぎはよくないとしながらも、成人男子の喫煙は当たり前で、筆者は子供の頃から副流煙を満喫して過ごしてきましたし、人込みの中で服を焦がされたり手に火傷を負わされたりしたこともありました。大人になると、駄賃のことを「たばこ銭」と称して渡されましたし、理髪店では散髪のあとお店の人から当たり前のように煙草を差し出されました。それを拒むと気を悪くされることもありました。「もっといい銘柄吸ってらっしゃるんですか、こんな安物は吸えないですか」なんて言われることもありました。
 筆者は喫煙しません。若い頃は、喫煙しない男子は変わり者か大人になれない軟弱者と世間では思われていたようです。喫煙者は吸わないものをバカにし、煙草代もケチる金の亡者であるとか、吸い初めの刺激に耐える勇気もない軟弱者といった言い方で罵りました。筆者の車は、会社の同僚を乗せると長い間たばこの臭いでコテコテでした。車に付属している灰皿の掃除も苦痛でした。
 筆者が結婚する頃、喫煙に対する世の中の認識が変わり始めました。煙草は肺ガンの直接原因になるということで、アメリカでは健康被害を知りながらこれを販売していた煙草会社が起訴されて有罪になり、それから副流煙による被害が周囲にも及ぶこと、妊婦や育児中の親の喫煙が幼児に有害であることが大きく報道され、煙草の包装にも健康に対する注意書きが表記されるようになりました。そして現在では、喫煙しないことで見下されるような風潮はなくなりましたし、町中でのくわえ煙草はマナー違反という条例を敷く市区町が増えました。イケメンの西洋人俳優を起用した煙草のCMも消えました。多くの公共の場が禁煙エリアになりました。

 喫煙者には肩身の狭い時代になりましたが、それでも煙草は酒と並んで社会から手厚い待遇を受けた、なんともうらやましい習慣だと思います。
 そもそも喫煙の必要性とは何なのでしょう。カッコイイから、精神安定に必要だから、そうした理由を聞いたことがあります。ガムや飴と同じで口寂しいのを癒すために吸うそうです。ガムや飴よりも喫煙の方がカッコイイのでしょう。喫煙者は精神安定剤を常用しなければならないほど高度な精神活動に耐えているのでしょうか。喫煙しなくても正常を保てる我々吸わない者は、喫煙者よりも心労もなく高度な精神活動もしていないということなのでしょうか。精神安定に菓子類やたくわん、梅干しを食する人もいます。しかしその多くは人前で無遠慮にその習慣を披瀝したりはしません。多くの人たちが食事以外の時間は何も口にせず正常を保っています。たまにコーヒーやお茶を飲む人はいますが。
 煙草は、喫煙者のみならず周囲の人にも健康被害を及ぼしますし、生活環境をヤニで汚し、悪臭を蔓延させます。取り扱いの不注意から他人に火傷を負わせたり火事になったりします。それほどの弊害を伴うのに公然と利用が認められているところがすごいです。菓子類やたくわんが有害物質をまき散らしたり出火の危険性があったりしたら、絶対に利用を認められないでしょう。まったく無害でありながらも、臭いがひどいということで公然とたくわんを食べることはマナー違反だと思われています。人の迷惑も顧みない非常識な行ないだと。それなのに悪臭や健康被害をまき散らし火傷や火事の危険性が伴うにも関わらず喫煙は非常識とはされません。喫煙者は王様ですか? この大きな特権はなんなのでしょう。筆者から言わせると、目の前で煙草を吸われるだけでケンカを売られているようなものです。喫煙者の満足のために我々は悪臭や健康被害の危険性を耐えねばならないとはあまりに理不尽です。
 多くの公共の環境で禁煙になりましたが、それで喫煙者が嘆くのを聞くのもうっとうしいです。これまで散々我慢させられてきてさらに愚痴を聞かされてもいい気はしません。それに有害なもの有毒なものを公然と吐き散らすのは慎むべきだというのは、社会生活において当然なのではないでしょうか。
 公共設備のなかには喫煙コーナーが設けられていることもあります。すごい優遇ぶりですね。うらやましい限りです。筆者は鉄道員で、一部の駅にもたいへんご立派な喫煙用の建造物が設置されています。その中の掃除をさせられる清掃係員は大変です。ある意味命懸けです。そこまで他人の世話になりながら、喫煙者は設備が狭い、数が足りない、換気が悪いと文句を言います。現在、筆者の勤務する駅には喫煙コーナーがありませんので、その清掃はまぬがれていますが、コーナーがないことでクレームを言われ、謝罪する毎日です。それでもホームには吸殻が落ちていますし、喫煙者を見つけた旅客が、それをこっちにクレームとして持ってきます。役務室にいてホームまでは目が届きません。喫煙者の存在はまるで呪いです。
 小さな駅では会社が清掃員を雇わないので、我々がホームの掃除をします。吸殻なんて小さなゴミです。しかしながら精神衛生上はひじょうに巨大なゴミです。禁煙というルールが守れていないことへの人々のいらだちは些細なことではありません。また公共の場を汚さないというマナーを守っている常識ある多くの人々の気分を暗くするものでもあります。
 社会には、煙草以外にも有害物質をまき散らすもの、騒音や悪臭を発生させるものはたくさんあります。たとえば車の排気ガスや騒音、しかし車はその弊害に優る利便性があるものですし、公害や騒音の逓減の努力も成されてきました。煙草は自己の満足のために周囲に危害を加えるだけです。
 周囲に迷惑をかけ、周囲に多大な忍耐を強いても自分さえ満足できればそれでいい。喫煙とはそういう行為です。美味そうに紫煙を吐く人の姿を、筆者はカッコイイとは思いません。それはバイオレンスやホラーと同じで、映画や小説の世界でこそ輝くものの、現実世界ではじつに無様で残念な行為です。人の心の中には、そうしたダークな欲求があるのは事実です。かく言う筆者もホラーやバイオレンスは大好きです。でも、現実世界での暴力や流血は、ダークな欲求を充足してくれるものではありません。虚構の世界での表現だからこそエキサイティングであるわけです。

 かつて、喫煙の弊害が今ほど知れ渡っていなかった時代、公共意識が今から比べると劣っていた時代には、喫煙はそれほど精神衛生上の脅威ではありませんでした。ところが、その害悪について充分な情報が行き渡っている現在であっても公然と喫煙するというのは、やはりどう考えても恥ずべき行為でありますし、周囲に対する不当な暴力です。自室やそれが許されるところでこっそりと楽しんでください。
 筆者の知人にも喫煙者はいます。しかし筆者の車や家の中での喫煙は認めません。レストランやカフェで、吸ってもいいか、と許可を求められても困ります。気が小さい筆者は、拒否できませんが、煙でせき込むこともあります。そんな時に、吸ってもいいと言ったじゃないか、などと気を悪くされても困ります。許可した以上責任はこちらにありますか? せき込むなんて失礼ですか? ……喫煙者は王様ですか。
 というわけで、これからも禁煙場所の吸殻を掃除し、喫煙者の愚痴を聞き、喫煙マナーのクレームに謝罪する駅の仕事を続けさせていただきます。

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