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社会の主力

2014/02/27


 歴史の教科書を読みますと、人の歴史は政治家や資産家といったエリートが作ってきた、その他の大衆(マス)と称される人たちは、社会における量的人員すなわち単なる頭数であるというふうに表現されています。これは筆者がそう思うだけではなく、事実そうなっています。偉大な指導者が民衆を導き、単なる頭数である民衆はそれに従うしか能がなかったと。
 古くは国王は神のように崇められ、民衆とは異なる存在、つまり同じ人間ではないとされて来ました。民衆の下にさらに人に非ず者や、奴隷といった家畜同然の存在まで定義されたり、かつまた宗教上の道理によって邪悪な者と定義されて処刑される者もありました。
 エリートは偉大であり、その行ないを妨げる者は罪深き者、思慮のない者、人ならざる者とされ、世の中はエリートがその裁量によって築いてきたのだそうです。しかし難儀なことに、エリートたちはたいへん欲深く、自分がナンバーワンであることを望み、すきあらば隣国の財産をかすめ取ろうとしたり、討ち滅ぼしてしまおうとしたりして来ました。人の歴史は戦乱の歴史とさえ言われます。
 その様子を達観する点の声に依りますれば、この乱世の様子を「人間とは愚かな者」ということになるそうです。人は愚かで欲深く、人の世は争いが絶えず、今や地球を一瞬にして灰塵に帰すほどの火器を手に入れてしまった。核保有国の将軍の狂気によって、人類はいつ滅んでもおかしくないそうです。僕たち私たちが、未来を信じて努力したところで、国家権力を一手に握ったアホなおっさんが巡航ミサイルのボタンをポチッと押しやがったら、人はすべて等しく一掃されてしまうのだそうです。……そうなのでしょうか。そうなのでしょうけれど、なかなかそうなりませんし、権力者は壮絶な火器を建造する一方で、未来に有益な創造にも前向きです。……ギャグですか。

 歴史の教科書に書かれてあるように、王さんや殿さんがすんげぇお城や宮殿を創ったなんて、魔法使いじゃあるまいしそんなの信じられるわけありません。驚嘆すべきは、某カリスマ性の高いおっさんが「難攻不落の城を築くがよろしかろぅ」なんてご無体なことをのたまったのを受けて、それを実際にやり遂げちまった技術力であり労働力の素晴らしさです。王さんや殿さんの夢想を、自分たちの夢としてやり遂げた民衆のパワーこそが尊ばれるべきものではないでしょうか。構想よりも、城を現実のものに仕上げてしまう技能の方にこそ、筆者は畏怖を感じます。
 高校だか中学だかの歴史の試験で、大坂城を造ったのはだれ、という問題で豊臣秀吉と書いてマルをもらった覚えがありますが、そんなわけないってことくらい当時の筆者にも解っていました。正しくは太閤さんの命によって民衆が建てた、ですよね。じつはそれもかなり適当な答えでして、現存するお掘りや石垣の多くは徳川幕府の仕業だそうです。そんな権力者の体裁はさておき、名もなき技術屋が設計し、林業や採掘の達人が建材を調達し、大勢の民衆が力を合わせて建材を運び、土木工事に参加したことは事実です。パソコンも重機もない時代に、あれだけのものを設計し、大勢の人が力を合わせて実際に創っちまった事実には、ただただ驚かされるばかりです。
 そして日本国内だけでも、城といわれる建造物はたくさん残っています。インターネットもない時代にその技術が全国に伝授された情報網を考えると気が遠くなります。江戸時代にはインターネットはないけれど、魔法はあったのでしょう、きっと。
 太閤さんは、築城を指示したということで歴史に名を残し、歴史とはそうした上辺だけを記述するエリート主義の記録ではあります。
 話かわって現在、といっても筆者がまだチビッコだった頃のことですが、アメリカの航空宇宙局の宇宙船が月まで人を運びました。パソコンもセラミックもない時代にですよ。ICもCPUもなくてコンピューターらしきものは真空管で稼働してたんですよ。この、イカダで太平洋を渡るより無茶なことをやり遂げたNASAは多いに評判が上がり、宇宙飛行士は英雄として街頭パレードをしました。命知らずの試みに挑んだアームストロング船長ほか2名の才能はすごいけれど、彼らを月まで送り届けるという無茶をやりとげた数多くの技術者、そして真空管で地上管制を行ない、月面軟着陸から太平洋への帰還までを見守ったオペレーターたちの手腕の方がすごいと、筆者は思いました。人類初の宇宙飛行を行なったソビエト(ロシア)のガガリーン大佐の勇気と知力体力もすごいし英雄に値するのでしょうが、あの人は宇宙船につかまってて「地球は青いぜ」って言っただけじゃん、と筆者は思いました。未知の宇宙空間に乗物を送り届けて帰還させるなんて、どんなすごい技術やねん、と多くの名もない技術者にエールを送りたかったです。

 人は、かようにヒーローという上辺だけを称賛する傾向にありますが、誰がなんと言うと、城もアポロも数多くの人間が力を合わせて実現させた、人類の英知です。
 たとえ歴史の教科書がエリートすなわち権力者や資産家を礼賛しようとも、高校生だか中学生だかだった筆者が、自分可愛さに大坂城の築城者を太閤さんであると、ウソと判っていて書いたとしても、人類の偉大な遺産はことごとく民衆パワーによって実現されたものなのです。
 スポーツカーはしばしばエンジン性能が注目されますが、実際にはそのパワーをタイヤに伝える伝達系がしっかりしておらねばならず、スポーツカーを俊足に導いているのは手のひらほどの面積で地面と設置しているタイヤの粘着力です。エンジンも伝達システムも、そのタイヤの小さな面にすべてを注いでいるのです。ウソだと思うなら、タイヤを外してアクセルペダルを踏んでみてください。エンジンは勢い良くうなり、タイヤハウスの中でホイールが虚しく回るだけという惨めな絵柄が展開します。エンジンは車の心臓でしょうが、足たるタイヤがなければやかましいだけの箱です。

 筆者の周りの人たちと、人類の明日について会話すると、なかなか悲観的なことを言う方が少なくありません。人間の欲には限りがないから、技術は進歩しても欲望という点では人間は愚かだから、いつかは自分で滅亡を招くにちがいない。核兵器が実在する以上、それは明日かも知れない。
 そうでしょうか。そうした悲観的な未来の到来の可能性は小さくありません。でも、明るい未来の可能性も同様にあるはずです。未来のことは解りませんが、過去から現代に至る歴史を見ましても、そこに希望が見いだせます。専制君主と差別の社会から、民衆の地位が少しずつ向上し、民主主義の概念が生まれ、今では個人と世界がインターネットでつながるまでになりました。
 人類の歴史は戦乱の歴史とは、悲観的な側面だけを見た評価に過ぎません。人類が欲深く愚かで、絶えず争っていたのだとしたら、建造物や芸術作品はいったいどうして残っているのでしょう。どうしてそれらは造られ、技術は受け継がれたのでしょう。……受け継がれた技術が発展し続けるのはなぜでしょう。
 人類のすべての建造物は、直接あるいは間接的に戦争のために造られたものなのでしょうか。科学技術が進歩したのは戦争で相手国に勝つための競争のたまものなのでしょうか。船や飛行機や車は、兵器として流用されていますが、最初からその目的で発明されたのでしょうか。物をより多くより遠くへより速く届けたいという思いには、それによって相手国を責め滅ぼしたいという意図があったのでしょうか。

 人間は欲深く愚かだというのも、人のひとつの側面に過ぎません。エリートがみんな利己的な欲求に溺れているわけではありません。多くの人々を救いたい、病苦を退け豊かな暮らしを実現したい、そうした高邁な理想の追求が度を越えて戦争という過激な破壊行為に傾倒してしまい、民衆もそれに同調してしまったのではないでしょうか。
 世の中には確かに突出した才能を発揮して、思想や技術の改革に貢献する人がいます。優れたカリスマ性で民衆を統合し得る人もいます。しかしながら、人間社会が正常に機能する背景には、民衆という大きな流れの中に内在する思慮と良識がなくてはならないのです。太閤さんが難攻不落の城を造ると豪語しても、民衆がボケラーッとしていてはいつまで経っても上町台地は退屈な野っ原のままだったでしょう。そこにお城が屹立し、城下町が栄えた背景には、この土地を護り豊かな暮らしを守るという民衆の思慮と良識があったはずです。
 今の日本ではお馴染みの、スーパーマーケットや鉄道の自動改札、それは人件費を節約して物資や運賃を安く提供しようという発想で生まれたシステムです。そうしたセルフサービスがおおむね正常に機能しているのも、民衆の常識の程度が高いからでしょう。悲観論者が言うように、人がみんな欲深く愚かだったら、スーパーでの万引きは当たり前のものとなり、改札はことごとく強行突破され、企業は採算が合わなくなるでしょう。優れた才能の持ち主が画期的なアイディアを思いついても、民衆に思慮がなければそれは機能しないのです。
 東京に比べると関西は、紳士的であることよりもおおらかさを好む傾向があり、ルールなんか破ってなんぼやんけ、なんて名言があるくらいですが、それでもスーパーマーケットも鉄道も正常に機能していますし、時代の移り変わりと共に街中からゴミが減り、公共意識も高くなりました。これは権力者がその力で民衆を導いたせいではないでしょう。
 人は見返りがなければ行動しないとか、自分の得にならない人助けはしない、ということもないです。困っている人を助けたい、無償でも人の喜ぶことをしたい、そうした行動は日夜町中に満ちあふれています。その思いの1つ1つが大きな流れとなって人間社会を支えているのです。

 ということで、本項では社会の主力という話しをしているのですが、それが何なのかは、もうお判りですよね。歴史の教科書にどう書かれていようとも、それは過去から現代そして未来へと変わりはしないのです。

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