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電脳政治

2014/04/26


 現代社会では、人々の財産の多くがオンラインネットワークによって管理されています。物品や才能といった資産をオンラインで管理することは難しいですが、お金に関しては、そのすべてを現金で管理しているという人は少ないでしょう。筆者のようなサラリーマンでは、給料は銀行に振り込まれ、会社から現金を支給されることはありませんし、光熱費や電話代、家のローン等も毎月現金を納めに行くようなことはしません。そしてそのことに不安を感じることはほとんどありません。貯金のすべてを現金にして金庫にしまっておく方がむしろ不安でしょう。
 また、クレジットカードやデビットカードをはじめ、現金を使わないお金のやりとりが急速に発展しています。筆者なども映画を観に行った場合、オンラインでチケットを購入し、移動に必要な交通費はICカードを利用し、昼食代もカードで支払い、けっきょく現金を使わなかったというケースが少なくありません。給料日前で小遣いがひじょうに貧しくても、カードとスマホがあればとりあえず1日遊べます。通販でもクレジットですし、自家用車の購入では直接現金を販売店の口座に振り込み、いちいち現金を降ろしてきて支払うなんてしません。
 今やお金の大半が現金ではなく、電子マネーになっています。カードや口座振り込みの買い物の手続きを行なった際、裏で実際に現金が動くわけではありません。購入者の口座の残高が減り、販売者の口座の残高が増える、つまりオンラインで管理された数字が動くだけです。
 将来的に世の中から現金がなくなればどうなるでしょう。コンビニに行ってスマホを読取機に当てるだけで買い物ができるといったシステムを利用したことがある人は少なくないと思いますが、すべての買い物がそんな感じになり、現金というものが世の中から消えてしまえば、社会はどうなるでしょう。
 現金がないと不安ですか? クレジットカードやデビットカード、鉄道でよく利用されるICカード等は、いくら使ったか判らなくなってしまうから不安だ、そんなことをおっしゃる人もいますが、そういう人は買い物をする度に、逐一お財布の残高をチェックしているのでしょうか。財布の中の紙幣がいつの間にか予想より減ってしまっていて愕然とするというようなことはないのでしょうか。
 世の中から現金が消えてすべて電子マネーになってしまって本当に困る人は、泥棒や喝あげを企む人たちではないでしょうか。現金には名前が書いてないので、第三者が見た場合、そこにある現金の所有者は誰なのかを判断する場合、とりあえずそのお金を握っている人のものであると思わざるを得ません。現金は紛失したり盗られたりした場合、それを証明するのが容易ではありません。紛失した財布が戻ってきたとして中身がなくなっていてもそのことを確実に証明できないでしょう。ところが電子マネーであれば、利用媒体を所有者が止めてしまえば、第三者に悪意で利用されることはありません。これになれればお金の管理は現金よりも安心です。
 今は、ひじょうに多種多様の電子マネー媒体があって、お店や施設によって使用できる媒体が異なったりし、いくつもカードを持ち歩かねばならないといった面倒があります。1つ1つのカードの有効期限やら残高やら、暗証番号やら、紛失時の連絡先やら、そうした事柄の管理が大変で、これでは便利で安心とは言いがたいですね。それぞれにポイントが貯まってお得だとか、ポイントの利用方法だの有効期限だのがどうだとか、何が何やら判らなくなってしまいます。筆者も様々なカードを作らされて所持していますが、どのカードにどれだけのポイントが貯まっているかなんて気にしたことがありません。ポイントの管理だけでどれだけの労力が要ることやら。その労力の損失の方が、ポイントで得られるお得よりも大きい気がするんですが。
 お金の管理もポイントの管理もすべて1つのカードでできれば便利ですね。ショップや企業ごとにサービスポイントを用意するのは良いのですが、それらもすべて1つのカードに登録できれば楽ですね。こういうと、その1枚のカードを失くしたらどうするねん、という反対意見が聞こえてきそうです。筆者もそう思わないでもないのですが、あらゆるカードを1つの財布に入れている筆者などは、財布ごと紛失したらけっきょくカードを何枚持っていても同じという気がします。
 でも確かに、銀行のキャッシュカードもお買い物もすべて1枚のカードというのはさすがに不安な気もします。では、カードはやめて生体認証にしましょう。人は生まれると住民登録を行ないますが、この時に特殊な装置を体内に埋め込んじまいます。その人が電車の改札を通れば入場情報が管理センターに飛び、降車駅の改札を出れば出場情報が飛んで、その人に運賃が課金されます。コンビニでその人がレジのところのしかるべき装置に触れれば、それでお支払いはOKです。自動車の運転をする場合は、運転席のセンサーを指でなぞります。それで高速利用料は運転者に課金されます。もしあなたが運転免許を持っていなかったり、免停中であったりすると車のエンジンはかかりません。同乗者がリッチな人で、高速利用料をおごってもらう場合は、スマホやタブレットといったネットにアクセス携帯端末でお金のやりとりをしてください。携帯端末は1人1人が持つ必要はありません。個人の資産や情報を管理しているのはネットワークです。その人本人の体さえあれば、どの端末からもその人の資産や情報にアクセスできます。
 体内に埋め込んだID管理装置に不具合があった時のために、指紋、声紋、網膜と様々な生体情報を登録しておきましょう。

 電脳ネットワークに資産や情報を管理された生活は、ひじょうに窮屈なものでしょうか? そうとも限りません。通販やキャッシュレスの買い物を頻繁に行なっている人たちは、その人の買い物傾向や嗜好性がすでにオンライン上でデータ化されています。通販サイトにログインすれば、あなたにお勧め商品なんてのが普通に出てきます。ICカードで鉄道を利用する人たちは、移動経路や日時がデータとして管理されています。ETCを使えば車での移動情報の記録が残りますし、ただ街を歩いているだけでも街頭には多数の防犯カメラがあなたを監視しています。携帯端末でのメールのやりとりや住所録もホストコンピューター上に残っています。我々はすでに行動の多くを管理されているのですよ。でも、あなたが社会の秩序をはなはだしく乱したり、犯罪に手を染めたりしない限り、あなたの
プライバシーが公開されたり、知人や隣人に公表されたりすることはありません。電脳社会時代は行動も買い物もすべて管理されていて息が詰まる、なんて愚痴は聞いたことがありません。電脳社会でキャッシュレス生活をしていても、あなたが公言しない限り、あなたの趣味や嗜好性、日常の行動が他人に筒抜けになるようなことはないのです。コンピューターには筒抜けになっていますが、コンピューターはひじょうに口が堅いです。
 世の中から現金がなくなった、資金と個人情報がオンラインで管理される社会では、未成年者等の管理責任能力の充分でない人の資産や情報は、保護者が管理する必要があるでしょう。逆に管理責任能力のある大人の場合、他人には覗かれたくない個人的な趣味や嗜好、へそくり金なんかは自分独りが知り、自分だけで管理できるものである必要があります。キャバクラで使ったお金は嫁さんが関知しないへそくり金で処理したいですし、私物をこっそりネットオークションで売って得たお金も、家計の口座に加算されるのは残念です。

 オンライン上で管理できるものは、お金だけではありません。パソコン上のデータのバックアップをオンライン上に委ねている人もいるでしょう。また、ダウンロードで購入できる商品も、端末がダメになっても個人のページにログインできれば復元可能です。
 自分が公開しても良いと思う個人情報は、プロフィールとしてオンラインにアップデートしておくと便利なこともあります。そのおかげで有益な情報を得たり、仲間に出会うこともできるでしょう。そうした情報や出会いは、あなたの大きな財産になり、あなたの暮らしを豊かなものにしてくれますし、人生の転機を与えてくれるかもしれません。信頼関係や交友が、あなたを苦境から救ってくれるかもしれません。趣味が職業に転じる機会が巡ってくることもあります。
 オンライン上にプロフィールや作品を公開することは、言わば名刺交換のようなものです。しかも名刺よりもはるかに多くの実績が記載されておれば、それが相手への安心と信用につながります。
 管理社会で個人情報を管理されるということは、プライバシーのない息の詰まるような生活とは限りません。その情報ネットワークを活用すれば、人生を実のりあるものに変えることができるのです。

 オンライン上では、個人情報や個人の資産が管理されるばかりではありません。公共設備や環境や地域情勢といったさまざまなデータがリアルタイムで管理され、刻々と変化する情勢を多くの人々がリアルタイムで知ることができます。
 災害や飢饉、伝染病、事故、食料資源やエネルギー資源の生産と消費のリアルタイムな情勢、そうした情報を多くの人々が迅速かつ正確に知ることができれば、対処も迅速に行なわれます。
 ただ、中央集権という社会システムがある限り、物事は単純明快には運びません。災害などの場合、仔細な情報は国家権力の許にだけ届けられ、それから議論が始まり、誰が責任をとるのか、誰の手柄になるのか、どの部署が動くのか、指揮系統はどうなっているのか、マニュアルから逸脱していないのか、何が優先事項なのか、ボランティアや海外の支援を受け入れるのか、そのことが国家の威信や機密を脅かす恐れはないのか、物資はどこから調達するのか、協力できる民間企業はどこなのか、それによって利害はどうなるのか、といったふうに問題がふくらんで行きます。議論がまとまり、救援部隊が動き出すまでにたくさんの犠牲が出ます。
 国家も数々の経験から学んでおり、災害マニュアルは、機動部隊の迅速な出動を可能にしているはずですが、厳重な縦割りの指揮系統や利害関係が、どうしても動きを鈍らせます。それに想定外のことが発生するのが災害というものです。国家の救援体制から縦割りの負担を軽減してゆかねば、機動力は実力を上手く発揮できませんし、助かる命も助からなくなります。
 大災害等のリアルな情報をみだりに公開するとパニックを招く、そんな懸念もあるかもしれませんが、今は携帯ひとつで個人が現地情報をネットにアップできる時代です。国家が極秘裏に、利害を鑑みて行なえる事柄は少なくなっています。国家の威信や利害よりも、正確な情報を確実に公開することによって、民間ボランティア等が確実に動けるようにした方が、効果的な救難が実現できるでしょう。
 むかしは、三公社五現業がすべて国に管理されていましたが、今はどれも民営化され、国が管理しているのは、警察と自衛隊と厚生年金と国有林くらいのものです。あと大学やら病院なんかがちょろっとあるかな、それとNHK。国鉄も郵政も電電公社も専売公社も今はありません。増税ばかりして何もしてくれへん、って感じです。
 何もかも民営化してしまうなら、国家機関と政治は何のためにあるんだろうと首をひねりたくなるところですが、事業をすべて民営化しても、法やルールを制定し、それがきちんと守られ、それによって事業が円滑に回っているか、物流が滞ることはないかを監督する仕事が残っています。それに加え外交の仕事も必要です。国内だけの思惑では経済は回りません。世界の経済バランスということを無視して国内の経済は回りません。そしてそれは国と国との協調であったり駆け引きであったりします。
 現在は、こうした国の仕事が、国家権力によって行なわれているのですが、高度な情報社会では、世界情勢や金品の流れが、行儀よくしかるべき窓口を通っるとは限りません。オンラインによる取り引きや情報の流出入はしばしば国家権力をも出し抜いてしまいます。
 筆者は、もうずいぶんむかしから、国の監督業務や外交業務の多くを一般に広く公開し、より多くの知識と人手にそれらを委ねるべきだと考えてきました。官僚と公務員だけで何もかもまかなうのは難しいし、その事情はますます悪化して行く、世界はどんどん動いて行きますし、その動きは加速されています。これでは市民の声を政治に反映するとか、政治的な思惑を市民に理解してもらうといった政治本来の在り方が無視されるばかりです。市民生活と政治はどんどん縁遠いものになって行きます。
 行政や監督の仕事が、一般市民にも解りやすくなり、より多くの市民がこれに参加できるようなシステムが今後必要だと思ってまいりましたが、最近では、筆者が焦らなくても自然にそうなってゆくのではないか、ならざるを得ないのではないかという考えに変わってきました。
 本項のタイトルである電脳政治とは、SFに登場するようなスーパーコンピューターが人の代わりに政治を運営するというような代物ではありません。電脳ネットワークを通じて、地域格差や立場のちがいを減らして、多くの人の声が中央や他の地域に迅速正確に届き、それが政治に的確に反映される、言わば全員参加型に近い政治システムということです。
 筆者の文学の大先輩に、人間社会に関してひじょうにユニークな考えをお持ちの方がいまして、彼がおっしゃるには、政治は鉄道のレールのように敷かれたものでなければならない、それを利用する方法や利用目的は単純明瞭で、必要な人が自由に利用できるようなシステムであるべきだということでした。国家権力が国民にルールを強い、監督するといった方法ではなく、必要とした人がいつでも手軽に利用できるようなものであるべきだというわけです。こらはひじょうに優れた考え方で、まさに理想的な政治システムだと思います。
 ルールやノウハウは、オンライン上にあって、人々が自由にそれを利用できる、そのシステムの是非についても大勢の人々が意見を出し合って修正を加えて行く、場合によっては流動的に変わり続けるようなルールやノウハウもあるでしょう。このような電脳政治が実現できれば、現行の国家の仕事の多くをそれに委ねることができるでしょうし、様々な困難にも多くの知恵と人手を動員して立ち向かうことができます。
 具体的にどのようなものかは、この説明では判りづらいでしょうが、現存するネットオークションなどはその好例のひとつと言えるでしょう。オークションのシステムがオンライン上に存在し、それを必要とする人がいつでも自由に利用できる、それをネットオークションは具体的に実現しています。そこにはルールがあってノウハウがあり、利用者は自分でそれを理解して利用しています。オークションのみならず、ネットを利用した様々な商取引が今は盛んに行なわれ、企業のみならず個人でもオンライン上で収益をあげています。
 情報や金品のやりとりは今やオンラインなくしてはありえない状況で、すでに電脳政治は始まっていると言えるのではないでしょうか。商取引以外にも人間生活に必要な様々な事柄をオンラインでこなすことにより、地域格差を埋め、誰もが関心を持って利用できる社会システムが実現できるはずです。
 個人や社会の情報が正確に管理され、それが的確に運用されるシステムがあれば、人間社会は、巨大な権力に統治されなくても運営できるはずです。人々は、格差や競争、欺瞞や不審といったストレスから開放され、もっと自由に文化的生活を目指すべきです。権力やエリート、勝ち組といった目指す高みがなくなれば、みんな怠惰に陥ってしまいますか? そんなことはないでしょう。人間とそれを取り巻く環境には、究明すべき事柄、開発すべき技術、あるいは習得すべき技能、創作、創造、趣味や娯楽と、やりたいことやるべきこと、かなえたいことが果てしなくなるのですから。

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