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遺伝子汚染

2014/05/13


 遺伝子汚染とは、異種間あるいは異なる地域産の同種間で交雑が起こり、それぞれの生物が本来持っていた遺伝的多様性が不可逆的に破壊されることを言います。たとえば、ある河川でコイが何らかの原因で生息数が激減したとします。このままではその川のコイが滅びてしまうということで、別のところから持ってきて放流しすると別々の川で育ったコイ同士が恋をして子孫を残すケースが生じることになり、生まれてきた子には、親が持っていた遺伝的多様性が伝わず、その情報は絶えてしまって2度と戻らないというのですね。
 同種同志の交配では、これが解りにくいですが、メダカやバラタナゴの例では、実際に遺伝子汚染によって日本在来種が壊滅的な被害にあっていることが知られています。外来種は単に在来種を駆逐するだけではなく、在来種と交配して雑種を産み出し、その雑種に生殖能力がある場合には、さらに交雑を続けながら子孫を残しやがて在来種が絶えてしまうという事態を引き起こします。
 有性生殖生物の場合、雌雄双方の遺伝情報が次世代に受け継がれても、それが全て次世代の形質として反映されるわけではありません。人間でも母親似であったり父親似であったり、隔世遺伝によって祖父の形質が多く顕現したり。遺伝情報は受け継ぐものの、それがすべて使われることはないというのが遺伝子の性格です。生物は突然変異や交配によって得た遺伝情報を、使わなくても貯めておくので、遺伝子ゲノムの中には使われないコードが山のように貯まっています。近年の生物のゲノム解析により、ヒトとチンパンジーの遺伝子情報は98〜99%同じということが解ったそうです。つまりヒトとチンパンジーを隔てる遺伝情報は、ゲノム全体の1〜2%ていどということになり、これだけ見ると両者はひじょうに近縁な種のように思えますが、逆に言うと両者を隔てるのに必要な情報の数十倍の共通遺伝子を抱え持っているということです。そしてヒトとチンパンジーが共通の祖先から分かれるまでに貯め込んだ遺伝子のほとんどが現在は使われていない量的遺伝子です。
 ヒトとチンパンジーの共通の遺伝子のうちの一部は、進化系統分類学上共通の形質を組み立てるのに必要でしょうが、それ以外の多くの情報が現在は使われていないものです。ゲノム解析が完了して質的遺伝子と量的遺伝子がはっきりしているのなら、莫大な量の量的(数だけの)遺伝子を取り除いて大幅にダイエットした遺伝子で、生物の体は作れる、すなわちタンパク合成とその遺伝は正常に機能するかも知れませんね。
 使わない器官は退化するのが生物の常です。何らかの理由でまったく日の光が届かない洞窟の中の水域に閉じ込められ、そこで累代生きながらえてきたブラインドケーブフィッシュでは目が退化しています。このように無駄を省くことに大胆な生物が、遺伝情報に関しては古参の情報をいつまでも捨てずに持っているというのは面白いものです。

 遺伝子汚染は、生物の遺伝的多様性を本当に破壊してしまうものなのでしょうか。次の代に形質として顕現しなかったものの情報は受け継いでいるということはないのでしょうか。そもそも有性生殖のメリットは、個体の持つ遺伝情報を分け合うことによって厳選されたり多様性が広がったりするところにあります。近縁の血縁関係で交配するよりも、血の遠いもの同士が交配する方が有性生殖のメリットはよりよく反映され、逆に近縁者同士の交配を繰り返すことは種の劣化すら招きます。
 異種間の交配や、生息地の異なる同種間の交配が、遺伝的多様性をより高めてくれるということはないのでしょうか。より高まった結果、在来種よりも生存確率が向上し、結果として在来種を駆逐してしまった、そう考えるのは正しくないのでしょうか。
 遺伝子汚染というと、ずいぶん否定的な表現ですが、同じ現象を表すのに遺伝子移入という表現もあります。
 遺伝子汚染あるいは遺伝子移入という考え方が一般化されるまで、外来種被害については、在来種との競合によって在来種を打ち負かしてしまう弊害が問題になっていました。ブラックバスやブルーギルの日本の淡水域への導入により、数多くの在来種が衰退する恐れが出てきた。これは見た目にも解りやすい被害です。ここで恐ろしいのは、在来種の種類が減ってしまうことでした。生物層の厚みが損なわれると、環境の変化への対応が困難になり、生態系そのものがダメージを受けることになりかねません。種の多様性つまり同じ場所に似たような種がたくさん棲んでいることは思いのほか重要なのです。外来種の猛威は種の多様性が直接損なわれる危険性があるので、その弊害は見た目も解りやすいものでした。
 遺伝子汚染の考え方では、遺伝的多様性が損なわれるとしています。在来種が永代に渡って蓄えてきた適応能力が、交雑によって失われるというのです。そうなのでしょうか。むしろ新たな情報が得られて多様性が向上する、そう考えるのはまちがいなのでしょうか。
 たとえば、ヒトの場合、外国人と結婚して生まれたハーフが、日本の風土に適応できないという話はあまり聞いたことがありません。ハーフはすぐ風邪をひくし、季節の変わり目には病気するし、野菜を消化する能力も低い、なんてことはあまり聞きません。筆者の息子もアメリカ人とのハーフの友だちがいますが、いたって元気です。

 外来種が大発生し、在来種がそれとの競合で敗退して絶滅の危機を迎えるということは、生態系のバランス維持という面で深刻な事態を招く場合がありますが、多くの場合、在来種が衰退したあと、外来種が他の生物とバランスして生態系が維持されます。日本の野山や河川の動植物は外来種だらけです。
 では、生息地を異にする同種間の交配はどうなのでしょう。生息地が変われば当然、地質や気象の変化も異なるので、それぞれ蓄積されている遺伝子データも異なります。異なるもの同士が交配すれば、元も遺伝情報が失われてしまうものなのでしょうか。生まれた子供は新たな土地での適応性を欠き、長生きできなかったり、繁殖能力が低下したりするのでしょうか。たとえば、寒冷地から来た母親と温暖地の父親が交配し、その子に母親の形質がよく顕現した場合、その子は暑さに弱く父親の元では生きううえで不利が生じるかもしれません。しかしながら、父親似の子も同じようにいるはずです。あるいは、異常気象によって温暖な土地でも冷え込みが続くようなことがあった場合、母親の遺伝子を受け継いでいる子供たちは有利かもしれません。

 遺伝子汚染という考え方を知るまで、筆者は同種間の出生地ちがいの個体同士の交配については何も問題がないと考えていました。出生地ちがいならまだしも、飼育下で累代飼育された個体と野生個体との交配はどうでしょう。ペット業界では、近親交配の連続による種の劣化を防ぐために野生採集個体の血を入れるというのはありがちなことです。筆者も若い頃にスズムシを累代飼育していて奇形がたくさん出るようになり、知人から近親交配の欠点について教わり、血縁の遠い個体を買い求めて追加したことがあります。また、現在も飼育中のインドヒラマキガイも何年か飼っていると繁殖率が著しく低下することがあり、その際には新たに入手した個体を追加してやっています。
 山で採ってきた虫を、しばらく飼っていて平地に放すこともよくありました。外来種被害についてはアメリカシロヒトリ(蛾の一種)等の例で小学校で教わっていたので、放虫先に同じ虫がいることを確認してリリースしていましたが、遺伝子汚染の考え方からするとこの行為は誤りだったことになります。外来生物の脅威について知っていたとしても、日本国内なら放虫はどこでもOKじゃん、と考えるのは危険です。そこに元来いない生物を持ち込めば、外来被害と同じ危険性が生じます。
 最近はどうなんでしょう。外来被害と遺伝子汚染について、学校でどれだけのことを教えているのでしょう。日本は島国なので、外来種というと海の向こうから渡ってくるものに限っていますが、国境は人間が勝手に考えたものに過ぎず、外来種被害に人間が決めた国境は意味がありません。外来種被害について教えるというよりも、生き物の移動に伴う危険性ということで教育すべきですね。

 遺伝子汚染あるいは遺伝子移入について、同種間での弊害については筆者の想像力ではよく解りません。生物の移動による交配によって、在来種が蓄積してきた遺伝情報がこれまでよりも大きく書き換わることは理解できますが、それでこれまでの情報を破棄してしまうかどうかは疑問です。遺伝子汚染で種が劣化することよりも、新たな遺伝情報を得て子孫が強くなることの方が問題かもしれません。強くなった子孫たちは、在来種同士で交配してできた子孫との競合で優位に立ち、やがてその土地固有の変異型を滅ぼしてしまうかもしれません。
 前述のコイの例の場合、それでコイの繁栄が回復するなら結構なことではないかと思うのですが、その土地固有の変異型、たとえば尾が少し長いといった地域変異が失われてしまうとしたら、マニアや研究家的には寂しいことなのでしょうね。
 筆者は、固有の変異型が失われることよりも、新世代の子たちがその土地の生態系の中で上手くやってゆけるかどうかを心配します。つまり多種の魚や生物まで駆逐してしまう暴れん坊になっちまったとしたら、それは外来種被害と同じ結果を招きますから。

 人間が手を加えなくても外来被害が生じることはあります。渡り鳥や海外からの流木に動植物の種や卵が運ばれてくることもあります。しかし人の手による外来種の導入は、自然の場合よりもずっと過激です。家畜や作物、材木、あるいはペットや観賞用に様々な動植物を大量に持ち込み、それにくっついてきた虫や微生物が自然界にまとまった数になって放たれます。養殖目的で屋外飼育しているものが自然に進出してゆくなんて日常茶飯事です。園芸植物に至ってはほぼ野放し状態です。敷地内に行儀よく植えていたとしても種は野外に運ばれますし、地下茎も外へ伸びてゆきます。筆者の家の周りでも様々な外来園芸植物が野生化していますし、敷地内にも入り込んでいます。異種交雑も増える一方です。
 そして、こうした外来被害、あるいは種の移動に対する適応能力も生態系は有しているものと思われます。だから多くの外来種を日本の野生動物として許容し、バランスを保っているのです。

 日本の在来種を復活させようということで、外来種を選択的に駆除するような試みがなされたこともあるようです。これはこれでまた問題がありそうです。外来種との競合に圧されて衰退してしまった在来種が、外来種を取り除くことによって人間の思惑通りに再生してくれるかどうかは判らないと思います。すでに外来種を取り込んでバランスしている生態系は、衰退した在来種にとって優しくないかもしれません。これまで在来種の餌になっていた動植物も外来種の参入に適応して防御力がましているかもしれませんし。駆除された外来種の空席を埋めるのは別の生き物かもしれませんし、外来種の不在によって餌になっていた動植物が大発生し、生態系のバランスが崩れるかもしれません。
 生物の移動によって移動先の生態系になにが起きるか、それを予測することはひじょうに難しいです。自然環境は季節ごとに、あるいは年ごとに一定ではありませんし、それに合わせて生物の生息状況も変わっています。移動先の外来生物の運命を決めるには不確定要素が多すぎます。交配という点では偶然性という要素も加わりますし。

 ということで、何が起きるかまったく予測できない以上、生物の移動における弊害について考えるのが当然なのでしょう。我々はやはり安易な生物の移動はつつしむべきでしょう。
 と言いつつ、今日もまたどこかの子供が、虫を自然に逃がしているのでしょうね、お母さんに褒められながら。筆者も幼少の頃にそうした覚えがあります。あるいはマニアによって飼われている生物が逃げ出して野に放たれる事件も後を絶たないことでしょう。筆者も気をつけなければいけません。

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