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生態系の緩衝能力

 地球環境は、地質的な循環によるほか、生態系という有機環境によっても支えられています。生態系とは、植生(植物の群生状況)とそこに棲息する動物群およびバクテリア層のことです。
 地質環境はひじょうに大きなゆっくりとした変化を伴いながら循環していますが、それはまた数百年ごとあるいは1年ごとの変化をももたらします。高温で多雨な年もあれば涼しくて乾燥した年もあります。
 特定の自然環境を毎年観察していると、虫や草花の繁殖状況の変化に気づくでしょう。農耕を生業としている人は、気象条件の変化で豊作や不作を経験しています。農耕地には特定の植物が繁殖しているので、その植物の隆盛と衰退が顕著に見られるわけですが、野山では、似たような草花や虫たちが、ある者は隆盛しある者は衰退するので、全体的にはあまり変化がないように見えます。注意深く観察している人だけが、今年はツユクサがやたら多いとか、去年は大繁殖したコガネムシが今年は少ないといった変化に気づきます。
 自然の野山が、人工的な農耕地のように豊作や不作を顕著に示したらどうなるでしょう。多くの植物が一斉に衰退するようなことになれば……。それは砂漠化の始まりですね。

 生態系は、人工環境とちがってひじょうに多種多様の動植物を擁しています。虫や魚を研究している人なら誰でも、同じ環境に似たような種がたくさんいることを不思議に思ったことがあるでしょう。また、動物を飼育してみると、姿形の異なる種が同じ餌と同じ飼い方で問題なく飼育できることを経験します。これら似たような種、同じような生態の種がどうして別々に存在するのか、不思議だとは思いませんか? 同じ環境で同じものを食べている似たような虫なら、1つの種にまとめた方が合理的じゃないですか。
 とくに生態系の底辺層を成す生き物、例えば昆虫類などは、あまりにも多くの近似種がワラワラいるのでいささかうんざりしてしまいます。一見してちがいが判らないのに別々の種で、同じ場所に棲んでいるのに互いに干渉せず交雑することもない、そんな虫もいます。
 でも、このように似たような種がたくさん存在し、環境に棲息する動植物の種類が豊富なことはたいへん重要なことなのです。

 生態系を形成する生物たちは、互いに依存し合って生きています。一見して思い思いに生きているように見える彼らは、それぞれ自分たちの役割をきちんと果たし、生態系のバランスを維持し続けているのです。年によって異なる草花や虫が目だったりするのは、気候や地質的条件の変化に対する対応なのです。寒冷な年には寒さに強い虫が頑張り、温暖な年には大きくて大食の虫が頑張って余分に伸びた植物の葉をバリバリ食べる、そんな具合にそれぞれの役割を果たし、環境の変化に生物全体で適応しているのです。それはあたかも生態系それ自体が1匹の生き物であるかのような絶妙なバランスです。1匹の生物の中でたくさんの細胞がそれぞれの役割を果たして体を維持しているような関係です。
 自然環境の変化はひじょうに複雑です。気温や湿度の変化ひとつとっても毎年異なり、まったく同じ年なんてありません。ですから、これに追従し適応するには、生物の種類が多ければ多いほど有利ということになります。
 ひとつの環境に存在する生物の種類の豊富さ、つまり生物層の厚みを、筆者は生態系の環境の変化に対する緩衝能力と呼んでいます。棲んでいる生物の種類が多いほど、環境の変化に対するショックアブソーバー能力が高いわけです。同様の話しを別の章でもしましたね。

 テレビ等で紹介される野生動物の姿は、生きることの厳しさばかりがクローズアップされるように思います。厳しい自然の掟だとか、弱肉強食の世界だとか、食うか食われるかの生存競争だとか。大自然の残酷で苛酷なところばかりを取り上げてドラマチックな演出をするのが、マスコミは大好きみたいですね。しかし、生き物たちは互いに滅ぼし合うようなことはしません。どんなに小さくて弱い種も食い滅ぼされることなく生存し続けています。そもそも生物の強さなど人間の勝手な定義です。

 地球上の自然環境は水と空気でつながっていて1つですが、地域ごとにずいぶん大きな特徴のちがいが見られ、棲んでいる生物の種類も異なります。地球上の遠く離れた土地へ、なんらかの事情で移動することになった生物は、たいていの場合移動先に適応できずに死滅します。生態系のバランスはそれを乱す要因を受け入れません。でもまれに移民が新しい環境に適応してしまうことがあります。生態系のバランスに上手く組み込まれ、移動先の一員になってしまうのです。外来種の固定は、人間が旅行や貿易をするようになってからたいへん増えました。
 外来種は、移住先に固定される場合、同様の生態の在来種を閉め出して置き換わってしまうことも少なくありません。セイヨウタンポポやカダヤシは、日本古来のタンポポやメダカを閉め出して居座ってしまいました。そして中には移住先の多数の在来種をことごとく閉め出して居座ってしまう乱暴者がいます。日本の水域で猛威を振るっているブルーギルやブラックバスの脅威も有名ですね。
 生態系は絶妙にして繊細なバランスです。そのバランスによって生物層の厚みを維持しています。だから外来種が大暴れして多くの種類を撃退してしまうのは深刻な事態です。生物の種類が減るということは、環境の変化に対する適応能力が低下するということです。気象や地質の変化を生態系が充分に受け止められなくなり、植生の崩壊が始まると大変なことになりますね。

 生物の進化と分化について研究するとき、個々の生物がどのように環境に適応したか、適応するために形質の特殊化をどのように進めたか、ということばかりに目を向けていると、進化のメカニズムの本当の姿はなかなか見えてきません。個々の生物が生態系のバランスを維持するためにどのような役割を果たしているのか、役割を果たすべく、どのような形質や生態を発達させたのか、そういう点にも配慮する必要があります。自分の身を守るために甲羅を発達させた、狩猟能力をたかめるために大きな牙を発達させた、そうした種本意の見方というのは、定行進化の中で強く大きくなってゆく生物の進化を説明できるものの、脆弱に見えるのに滅びることもなく繁栄している生物の進化を上手く説明することはできません。
 生物は強く大きくなる方向に進化するという定行進化の考え方は、生態系を構成するすべての動植物の進化を説明するにはあまりにも不充分です。環境の中で、矮小で脆弱な種がどうして滅びることなく繁栄し続けているのか、進化の歴史の中で同じ時間が与えられたのに、どうして形質を強化しないまま生存し続けているのか、その点にも着目し、地球上の生態系そのものの進化についても考えてみることが、生物の進化を理解する上では重要になって来ます。また、個々の生物の進化を考える時に、常に生態系全体の様子、あるいは気象や地質の状況についても観察し続ける必要があります。


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