幼形進化と幼形成熟

 生物の形質が、生活様式に応じた変化を際立たせることを、形質や器官の特殊化といいます。肉食獣は狩猟生活のために鋭い牙や爪を特殊化させ、寒冷地生活動物では分厚い毛皮や皮下脂肪といった特殊化が見られます。ゾウの鼻やキリンの首も生活様式に応じて特殊化した例ですね。
 定行進化の法則によると、進化的な生物ほど特殊化のていどが大きくなります。そして生物個体で見てみると、成熟して成体となったものに顕著な特殊化が見られます。当然と言えば当然なのですが、ここで重要なのは、進化を担う形質の特殊化は成体つまりおとなの特徴だということです。そして成体の特徴が強調されてゆく進化を成形進化と表現したりします。
 成形進化は、ある一定の環境に適応するために形質の特殊化を進めるうえで有益ですが、逆に環境の変化に対しては弱さを露呈します。例えば、強く大きな動物は豊かな猟場では有利ですが、寒冷化が進み獲物の数が減ると大きな体を維持するのに充分なエネルギーを確保できなくなり衰退します。
 環境が変化すると、これまで後進的(原始的)だった生物が天敵の不在によって勢力を拡大したりします。

 成形進化とは逆に、新しい環境に応じて成体の持つ特殊化を徐々に破棄してゆくような進化もあります。大きな体や鋭い牙といった特殊化が、新しい生活様式では不利になり、むしろ特殊化が未発達な幼体の状態の方が有利である場合、幼体の特徴が強調され発育が遅れて幼体である時間が長くなってゆくような場合があります。このような進化を幼形進化といいます。
 人類の祖先は、大きな顎骨に鋭い牙、腕渡りに適した強靭な前脚、豊かな毛皮を有した類人猿の仲間でした。しかし森を追われて草原生活に移行した彼らは、これらの特殊化を棄てるために幼形進化を進めました。
 子供である時間が長くなり、成体の特徴が現れてくるのを遅滞させ、牙や毛皮を破棄していったのです。現生の類人猿でも子供の頭骨を見てみると、顎骨が小さく人類の子供の頭骨と極めてよく似ています。ところが、類人猿は急速に成長し、顎骨がどんどん発達して前に出て来て鋭い牙が出現します。これに対して人類はゆっくりと成長し、顎骨の発達もあまり見られません。けっきょく成体となっても頭骨の様子は子供のものとそれほど変わりません。
 極めて進化的な哺乳動物である類人猿の仲間は、急速に成長して成体の特徴が顕現するようになり、数年で性成熟に至って生殖に加わるようになるのに、人類は性成熟までに十数年を要し成熟してからも類人猿のような特徴は現れないのです。
 その代わりに、二足歩行に適した長い脚や直立するのに必要な特殊な頚椎と骨盤、内蔵の付き方といった新たな形質が発達しました。類人猿もしばしば直立しますが、彼らの内蔵は背骨に対して垂直方向にぶら下がっています。これが人類になると、内臓は背骨に水平にぶら下がっています。人類は幼形進化によって類人猿時代の形質の特殊化を棄て去り、二足歩行動物としての新たな特殊化を進めたわけです。

 人類は幼形進化によって類人猿の有する特殊化を棄て去り、ヒトへ進化したわけですが、幼形進化と共に人類をヒトならしめた進化上の現象に、幼形成熟があります。ネオテニーの名でも知られるこの現象は、成長して成体の特徴が現れる前に性的に成熟してしまい、繁殖に参加するようになることを言います。つまり子供のままおとなになってしまうのです。
 幼形成熟は幼形進化の特徴のひとつであるとも言える現象ですが、これによって祖先の成体としての特徴をよりいっそうはっきりと切り捨ててしまうことができます。祖先が一定の環境に適応するためにせっせと育てて来た形質の特殊化をきれいさっぱり棄て去り、まったく新しいタイプの生物として進化してしまうのです。
 ヒトは、幼形進化によって幼体の時間と特徴を引き延ばし、成体の形質の顕現を遅滞させ、やがて幼体成熟によって幼体のまま性成熟するようになって成体の形質を切り棄て、サルからヒトへ進化したわけです。

 幼形成熟の最も顕著な例を1つ挙げておきます。ホヤという日本では食材にもなる海洋動物がいますが、これは動物でありながら岩などに固着して動かず、ひたすら獲物が来るのを待ち続ける生活を送っています。ちょうどイソギンチャクと同じ感じですね。一見してまったく動物らしからぬこのホヤですが、幼体は活発に泳ぎ回ることができます。卵からかえった幼体は小さなオタマジャクシのような生き物で、自分で泳いで遠くへ行き、親から離れた新しい場所で変態して固着生活に移行します。ホヤはこうして生活圏を拡げているのです。
 ホヤの成体は硬質の外殻を有し、植物のように動きませんが、心臓や呼吸器を備えており、脊索という神経束を有しています。この動物としての構造はとくに幼体ではよく活かされ、幼体は眼点を有し、餌を採ることもできます。
 今を去る5億年以上前、古生代の海にすでに存在したホヤの仲間のある者が、幼形成熟に至り、幼体のまま繁殖するようになりました。成体の形質を切り棄てた彼らは生涯遊泳生活を送る新しいタイプの動物に進化したのです。
 彼らの背中側に走る脊索という神経束は、のちに骨で包まれた脊椎(セキツイ)へと進化し、やがて最初の脊椎動物である魚類が、ここから導き出されることになるのです。


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