1_萌萌虫雑記帳.png

脊椎動物と節足動物

  脊椎(セキツイ)動物は、いわゆる背骨を持った動物群の総称で、魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類と大きく大別される動物たちが含まれます。これらはいずれも我々にとってなじみ深い動物たちですが、同様になじみ深い仲間に節足(セッソク)動物があります。カニやエビ、昆虫やクモ、ムカデを含むたいへん大きなグループですね。
 脊椎動物と節足動物は、何かにつけて互いに対局を成す存在で、前者が内骨格仕様で上下に開く口を持っているのに対して、後者は外骨格仕様で左右に開く口を持ちます。双方とも左右相称動物(体の構造が左右対称になっている)の代表格ですが、内部の神経系は互いに上下裏返しになっています。双方とも海で進化し、それぞれ独自に陸上生活を目指し、飛行生活者をも輩出しました。かつまた高度な社会生活を確立する者が現れ、それに伴って高い知能を育みました。
 動物の知能には先天的にプログラムされた本能と、後天的に得た情報を記憶し応用する学習能力とがありますが、脊椎動物が学習能力によって個体の生活を支える動物を進化させて行ったのに対し、節足動物はより高度な本能の発達に専心しました。
 学習能力を重視した脊椎動物では、個体の寿命が長くなる傾向にあり、本能重視の節足動物は短命で早いサイクルで世代交代を繰り返す傾向にあります。
 双方にとって先天的な本能も後天的な学習も必要不可欠な能力ですが、それを用いる発想が対称的です。節足動物は、後天的に得た経験を世代交代の繰り返しによって本能のプログラムや器官の特殊化に反映させますが、脊椎動物では学習がそのまま個体の生活に活かされます。
 脊椎動物は、学習した情報を活用するのに個性が反映されることによって、群れあるいは種全体として多角的な判断能力を得るに至りますが、失敗やロスも多く、生活するのに大きなエネルギーを消費します。一方、節足動物の活動にはロスが少なく、判断ミスもまれで、社会生活もたいへんメカニカルで統制がとれており省エネ的です。彼らは個体の判断力は単一的で選択肢も少ないように見えますが、多種多様な種を展開することによって多角的な判断能力を発揮し、環境の変化に対応しています。


 いささか説明高い話しになってしまったので、もう少し具体的に脊椎動物と節足動物について見てみましょうか。
 脊椎動物の代表格として、我々自身すなわち人類を見てみますと、本能が司る領域は食欲や性欲といった衝動の部類に限定され、生活のほとんどを後天的な学習に依っていますね。社会生活に必要な協調性を維持するために、本能を理性(これも後天的に学習する)で抑え続ける必要さえあります。
 人類は様々な経験を経て学習し、多角的な判断力を会得します。そうして得た素養は個人の生活に活かされたり、情報として他人に伝えられて他人の生活に活かされたりします。
 人類はまた、個々に個性的な能力を発揮することによって役割分担を行ない、分業による高度な社会を維持しています。
 一方、節足動物の代表格はやはり昆虫類でしょう。彼らの暮らしを支えているのは脳幹に蓄積されたプログラムです。餌を採取するのも巣を作るのも、危険回避行動も全て本能に依り、新たな方法を学習することはありません。学習しなくても、何が餌でどうやって獲得するか知っていますし、誰にも教わらなくても巣作りができます。ハチやアリのように高度に分業された大規模な社会生活を営むにも、指導者も学習も必要としません。ハチやアリの分業システムは、1つの巣に所属する全員を合わせて1匹の動物でるかのように確実に機能しています。
 ハチやアリの生活は、女王を中心にした縦社会のように表現されるのが常ですが、女王は巣の奥にいて卵を産み続ける役割を担うスタッフに過ぎず、部下を持ったり他の個体に指示や命令を下すことはありません。彼らの社会構造は完璧な横社会です。誰も特別な権限を持ちませんし、全員が利他的に暮らしています。利他とは、利己の反対語ですが、他人の利益を考えるというより、家族の公益のために自分のことを顧みないという概念です。
 昆虫類は、短いサイクルで世代交代を繰り返し、進化と分化によって多種多様の種を輩出することによって環境の変化に対応します。環境が寒冷化すれば寒さに強い種が勢力を拡げ、温暖化すれば多食で大型な種が頑張るといった具合です。


 脊椎動物と節足動物は、それぞれ相対する能力と生活様式で生き続けており、それぞれの方法で繁栄を極めています。そして両者は同じ生体系の中でそれぞれの役割を担っており、互いに競合することもありません。
 人類は最も進化した生物である、そう考える人は少なくないと思いますが、節足動物の発想では、我々はあまりにも無駄が多すぎる不経済な生き物で、改善の余地がたっぷりあります。環境の変化に対する適応力においても節足動物は多くの点で優っています。


 脊椎動物と節足動物では、生きることや適応放散(環境に適応しながら生活圏を拡げて行くこと)の基本コンセプトが異なり、互いに相対的あるいは両極的とも言える存在ですが、それを宿命として受け入れるのは早計です。我々は考える生き物なのですから、節足動物に多くの事柄を学ぶべきです。
 人類以外の高等な哺乳動物でも、高い学習能力を持ち合わせているとは言え、生活のほとんどが本能に支えられています。社会生活の中でボス座の争奪戦や雌を獲得するための闘いが繰り広げられるものの、それは利己的な欲求による覇権争いではなく、群れ社会の維持という公益のための最良の手段なのです。
 こう考えると、私利私欲のために同じ種同士が殺し合うのは人類だけですし、社会の中で生存競争が生じる、いわゆる縦社会を構築するのも人間だけです。
 じつは、生存競争だとか縦社会だとかいうものは、勝ち組の人間が富の独占を正当化するために言い出した詭弁に過ぎず、そんなものは自然界には存在しません。進化論を唱えたダーウィン先生も、生物の進化と分化の様子を競争に例えただけで、人も進化するために人同士互いに競争するべきだなんて言っていないのです。
 人類の生き方は、あまりにも高度に学習に依存するので、ロスや失敗やそれに伴う無駄がたいへん多く、環境への適応を通り越して環境を変えたり破壊したりしてしまいます。縦社会崇拝論者はこれも人間の宿命だと言います、宿命としての生存競争の特化したものなのだと。
 しかし縦社会が勝ち組の人間の身勝手な妄想であり、自然界の動植物が生存競争なんてしておらず、ただそのように見えるだけなのだとしたら、我々は生物の一員として愚かな思い違いから脱却すべきではないでしょうか。


 人間社会に関する論述はこれくらいにして、次章からはまた生物の進化について見て行きましょう。それはひじょうにドラマチックな誕生と滅亡の物語なのですが、生存競争の概念とは少しちがった観点で見ていただければ、よりいっそう生物の本質に近づくことができると思います。


コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

索引


目次

スネさん リーザさん けもの 庭虫
雑虫 クモ 直翅系 半翅系 膜翅系 鱗翅系 鞘翅目 毒虫 魚たち 無脊椎
両生類 カメたち 絶滅動物 くさばな 庭草 雑草 高山植物 飼育と観察 ヒト □飼育動物データ




1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< July 2018 >>

サイト内検索

NEW ENTRIES


Amazon Kindle 電子出版のご案内

cover4.jpg
学術エッセイ
人類汎幼進化計画


cover.jpg
小説
三角界の迷子たち


cover3.jpg
小説
少女たちと星の序章


cover2.jpg
エッセイ
単純世界の真面目症候群
Simple System and Serious Syndrome

cover.jpg
小説
あかねだいばくはつ

★講読には電子書籍リーダー Kindle が必要です。



sijn.jpg








recent comment

recent trackback

プロフィール

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM