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生物の移動

2014/06/23


 生態系という言葉があります。ある一定の地域の中の自然のバランスのことです。地質学的な無期物の世界、化学的な有機物の世界、そして植生とそこに棲む生物たち、土壌を築く分解者たち、これらを総じて生態系と言います。判りやすくは島のように海によって他から隔絶されたような環境では、その中で閉じた食物連鎖が維持され、島の生態系と見なすことができます。たとえばアフリカ大陸から孤立したマダガスカル島には、独自の生態系が築かれており、そこにしかいないユニークな生物がたくさん棲んでいます。
 生態系とは、一定の地域におけるあるていど閉じた環境のことを言います。
 マダガスカル島は、日本列島より遥かに広大な土地ですから、日本なんか東アジアの生態系の一部と考えられるのかと言えばそうではありません。生態系の大きさに定義はありません。公園にできた水たまりといった小さな環境でさえ、その中で食物連鎖があるていど完結していれば、生態系と見なすことができます。それは極めて一時的なものであまり多くの生き物を育まないとしてもです。
 むかしデパートかどこかで、ガラスの中の小さな生態系みたいな商品を見たことがあります。小さなボトルに水を満たし、少量の水草とエビが1匹入っていました。水草はエビの排泄物等を肥やしにし光合成を行ない、エビは水草に付着した苔や水草自体を少しかじりながら生き長らえます。目に見えないバクテリアが、エビの排泄物等で汚れた水を浄化します。このようなサイクルによって閉じた環境が維持されるボトルの中には一定の生態系が築かれているというのです。このシステムを生態系と言い張ることに筆者は賛同できると思いました。ただし、この生態系はあまりにも脆弱で長期的な環境の維持は不可能でしょう。比較的短期間のうちにバランスが崩れ、ボトル内がアオミドロだらけになったり、水が汚れてエビが死去したり、水草が伸びすぎてエビの消費が追いつかなくなったりし、人の手でメンテナンスしてやる必要が生じるでしょう。だとしたら、この生態系は一時的にバランスしているように見えただけのもの、生態系のように見えただけのもの、ということになります。
 消費と生産と分解のバランスが、理論的に合っていれば生態系と見なすことができるかもしれませんが、それが早々に崩れ去るようなものならやはり生態系とは呼べないかも知れません。ただ、同じ内容のボトルであっても絶妙な温度と光の加減によって、かなり長期的に環境を維持できるケースがあるかもしれません。エビがたまたま受精卵を宿したメスで、この中で世代交代が生じ、水草が伸び放題になることもなく、食物連鎖が完結した状況が続くようなことがあるかもしれません。それを維持するのはいかなる飼育困難な動物の長期飼育よりも困難で、たまたま1度は上手くいっても2度目はないでしょう。ボトル内のエビや水草を生かし続けようと思えば、いずれは人の手によるメンテナンスが必要になり、そのように他からの干渉に依存しなければならない状況は生態系とは言いがたいと思われます。
 ただし、言いがたいのであって言えないのではないとも思います。地球上には大小様々な数えきれない数の生態系が存在するわけですが、どの系(システム)も何らかの他からの干渉を受けているでしょうし、それが必要であるかも知れません。風雨や太陽光線といったあらゆる環境に一様に注ぐものは別にして、渡り鳥が運んでくる有機物、流木に乗って流れ着く生物、回遊魚の往来、微生物の移動といったことがらは、生態系に対する影響が小さくありません。大型の草食獣なども大きな距離を移動し、別の生態系に浸入してゆきます。
 生態系には、深い洞窟や氷に閉ざされた世界のように極めて孤立的なものもあれば、生き物や有機物の往来が激しく、複合的に重なりあう系もあります。複数の生態系がくっついたり離れたり、部分的に重なり合ったり、そんなことが生じている、そう考えるのはおかしいでしょうか。生態系があるていど閉じた系であるとするならば、境界となる場所があるはずですし、そこで系を他から隔てている原因もまた変化せず一定ということはないでしょう。

 生物は、同じ国内であってもみだりに移動させてはいけないとよく言われます。確かに外来動物の移動の弊害が理解できるなら、生物の国内移動にも同様の被害が予想されます。外来とは国外からの移入の意味合いなのでしょうが、そもそも国境なんて人間の勝手な主張であり、人間以外の生物はそんなものに縛られたりしません。外来とは、他の環境からの移入のことです。
 他の環境からの移入者は、多くの場合新しい環境に適応できずに死滅するでしょう。生きながらえても子孫を残せないかも知れません。しかしながらまれに移入者にとって移入先が新天地になることがあるわけですね。そこにはこれまでの環境ほど強力な捕食者がいなかったり、気象条件が過酷ではなかったり、餌が豊富だったり。移入者がすでに身ごもっていたら子孫を残せるでしょうし、そうでなくても移入先に同種あるいは同属の異性がいれば交配して子孫を残せるかもしれません。
 在来種と外来種の交配は、しばしば遺伝子汚染と表現されます。交雑によって在来種の遺伝子が持っていた多様性が不可逆的に失われてしまうとされています。果たしてそうなのでしょうか。不可逆的な変化は生じるでしょうが、その変化が多様性の拡大にはならないのでしょうか。交雑は必ず種の劣化につながるのでしょうか。交雑によって生まれた子孫は、環境の変化への耐性を失い、死滅して行くのでしょうか。交雑種はむしろ、その地で勢力を拡大している気がするのですが。
 外来種や在来種の勢力拡大は、在来種を衰退させることが少なくありません。しかしながら、それを新たな環境の変化に適応できるニュータイプの誕生と、ポジティヴに考えることは楽観的すぐるのでしょうか。
 水と空気がつながっている限り、人為的な操作が加わらなくても生物の移動は生じますし、それを食い止めることは困難です。外来種や交雑種の勢力拡大と在来種の衰退という現象は、人間が覚えていてその弊害を指摘するだけであって、生物が移動し種が入れ替わることもまた自然の摂理のひとつです。そもそも、同じ土地に原始の時代からずっと住み続けている生き物なんていません。人間が在来種と呼んでいるものも、人間が記録を取る以前には別のところから移入してきた種であったりします。そうやってカブトムシやクワガタムシのような熱帯タイプの虫も日本に棲むようになったわけです。そうやって日本の生物層が豊かになっていったのかもしれません。そしてオオクワガタブーム以降に外産のクワガタムシが輸入されるようになり、それが悪意によって野に放たれ、外来種による弊害ということになるわけです。

 筆者は、生物の移動という現象もまた、自然環境の変遷に適応するための要素になっている可能性があると思っています。環境の温暖化が進めば、温暖な土地の生き物が移入して来て、その地に温暖に適応しやすい遺伝子をもたらす、そういうメリットも考えられると思うのです。生物はある特定の環境に特化して進化するのが常ですが、現在の環境への適応のため以外の遺伝情報もたくさん持っています。それらは遠い先祖から受け継ぎ、使用しないのに捨てずにもっている情報です。それら使われない量的遺伝子は、環境が変化したり、自らが新しい環境に移動した際に、次の世代に応用されるかもしれません。生物は特定の環境に特化しているものの、生活圏の拡大についても積極的であったりします。植物は動物を利用して遠くまで種子を飛ばそうとしますし、動物もごく限られたエリアで近親交配を繰り返しているわけではありません。進化の歴史は適応放散の歴史でもあります。

 筆者は、生物の移動を奨励するわけではありません。生物の移動が生態系にとって有益であると考え、動植物の移動を積極的に行うべきだと思っているわけではありません。外来被害や遺伝子汚染の考え方にも肯定的です。でもそれを一方的に考えることが逆に弊害を生むことにならないか心配するのです。すでに外来種が定着している環境から、在来種を救うために外来種を駆逐するといった発想が、生態系を損壊する恐れがあると言いたいのです。生物の進化は不可逆的です。遺伝子の変化と同じです。であれば生態系の移り変わりも不可逆的なものです。変わってしまった自然を元へ戻そうとする行為が、必ずしも自然を復元することにはならない、在来種の保護が必ずしも生態系の維持に有益であるとは限らないと言いたいのです。すでに定着している外来種もまた野生の動植物のひとつです。
 歴史は繰り返されるという言葉通り、自然環境の変化も輪廻のごとく、あるいは季節の移ろいのごとく繰り返されます。しかしそれはタイムマシーンによって時間を逆行するのとはちがうのです。人の歴史が繰り返しながら人類に進歩をもたらしたように、自然環境も繁栄と滅亡を繰り返しながら高等生物を進化させてゆきました。過去に学ぶことは重要ですが、そこにとらわれているのではなく未来を見つめてください。

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