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萌萌虫雑記帳

2013/07/30


 筆者がまだ幼かった1960年代は、大阪府下でも多くの土地が大地むき出しでした。現在のように住宅地の隅々までアスファルトに覆われるようなことはなく、家の周りは砂ぼこりを被った雑草であふれていました。高い建物も少なく、空がとっても大きくてずいぶん遠くまで景色が見渡せたものでした。住宅地を少し離れると、農耕地が広がり、わけても大阪の場合はハス池が目立ちましたね。子供にすれば傘にできそうな大きな葉を持つ植物で覆い尽くされた沼地が延々と続くその風景は、幻想的ですらありました。
 子供の低い視線で目を凝らすと、どこもかしこも小さな生き物だらけで、ゴマ粒のような虫たちが駆け回ったり、空を飛んだり、面白い巣を作ったりする様が、不思議で面白くて、どれだけ探求しても興味がつきることはありませんでした。
 自転車で少し人里離れたところまで足を伸ばすと、もう少し大きな虫が見つかったり、カメやザリガニといったさらに大きな生き物と遭遇したり、ワクワクの連続でした。ヘビやトカゲといった俊敏で、人前に一瞬だけ姿を現す神秘的な生き物にも出くわしました。その正体をじっくり見届けたくて懸命に後を追うのですが、無知な子供に尻尾をつかまれるほど彼らは愚鈍ではありません。
 1970年に開催される日本万国博覧会に向けて、道路や橋が整備され、住宅もどんどん増えました。当時はまさに建築クラッシュで、筆者の行動範囲でもところどころに大工小屋というひじょうに魅力的な建物が出現し、大工さんたちがそこここでセメントをこね、柱に鉋(かんな)がけをし、高いところでトントンと釘(くぎ)をたたいていました。幻のハス池が急速に姿を消し、真新しい家が建ち並び、団地という壮麗な建造物が出現しました。自然が勝る町並みが急速に科学技術で埋めつくされて行くさまは、まさに驚異的で、それはまた小さな生き物たちが住み場を奪われる脅威でもありました。
 電車に乗って梅田という都会に出向くと、何度か利用したことのある路面電車やトロリーバスがいつの間にか地下鉄というものに変わっており、デパートのペット売り場で、小さな仲間たちと再会することができました。
 家庭ではいつの間にか電話機が1家に1台あるのが当たり前になり、カラーテレビなる魔法の箱が我が家にも搬入されて、虫や魚や、遠い外国の生き物などの映像を届けてくれました。
 万国博覧会を境に、これまで本やテレビやウワサでしか見聞きしたことがなく、実在を怪しんでいた、白人や黒人という文明人が想像を上回る巨人として目の前に現れ、これまで自分が見ていた人間社会や自然の驚異が、ひじょうにちっぽけで、自分がまだなにも知らないことを思い知らされました。
 家に電話もテレビもなく、虫が友だちでビー玉が最高の玩具だった頃から、カラーテレビがある生活が当たり前になり、アルミサッシが虫や砂ぼこりを家からシャットアウトしてしまい、ちゃぶ台がテーブルに変わるなんていう大変化を、かつて経験した人がいたのでしょうか。筆者の祖父母の時代までは、人類はこれほどの劇的変化に生活を変えられることはなかったでしょう。
 科学技術の躍進はさらに続きます。筆者が高校に上がるころにビデオゲームが登場し、やがてそれが家庭用ゲーム機に変じ、ワープロという電子タイプライターが筆者らの同人誌活動を助けてくれ、ついにパソコンが一般化し、パソコン通信、インターネット、GPSと、世界を巡るネットワークと個人がつながりました。図書館何十個かそれ以上の情報が、家にいながらにして入手できる時代が到来しました。
 筆者が子供の頃にSF小説で見た携帯型通信機の何十倍も多機能なツールが、今では誰のポケットやバッグの中にも普通に入っています。電話、テレビ電話、カメラ、ビデオカメラ、手紙やメモ帳、辞書、図鑑、漫画や小説、雑誌、ステレオ、カラーテレビ、ビデオ、録音機、ゲーム機、バスや電車の乗車券、コンサートのチケット、財布、電卓、地図、方位磁石、多機能時計……、これだけのツールを持ち歩こうと思ったら、ひとむかし前なら小型トラックくらいは必要でしょうし、これだけのものを常時持ち歩いている人なんか、社長や王様の中にもいませんでした。しかし現在では、それらすべてが手のひらサイズになって、誰でも手軽に携帯できます。そればかりか、インターネットにつながるパソコンをも今の携帯端末は兼ね備え、オンライン経由で、さらに様々なツール、鏡や拡大鏡、温度計、家計簿、翻訳機、あるいは筆者の知らないもっと多くのツールをホイホイ手に入れることができます。公園のベンチに寝そべって会議に参加したり、歩きながら品物を売買したり、チケット取ったり、新製品を予約したり、癒し系の変なペットを育てたり……。筆者のスマホも昼寝していると、女の子の声で優しく起こしてくれたりします。
 テレビやカメラやステレオや、もっとすごい様々な機器を手のひらサイズの1つの機器にまとめるなんて、そんな魔法が実現するなんて、想像できた人は20世紀には存在しなかったでしょう。
 そして、莫大な情報が光の速度で飛び交う現在、むかしは図鑑やテレビ番組でしか知り得なかった珍しい動植物や外国の生き物が、一般家庭でも飼えるようになりました。ごく一部の科学者しか知り得なかった専門知識を普通のサラリーマンでも入手できるようになり、専門家とアマチュアが同レベルで探求や調査を行ない、新たなノウハウを確立するようになりました。
 外国産の珍しい小動物を一般家庭で飼育できる、そんな夢のような暮らしが今では当たり前になったのです。すごいものですね。筆者は、子供の頃から小さな野生動物を引っ張ってきて、小さな入れ物に閉じ込めて観察するということを続けてまいりましたが、むかしは図鑑やテレビでしか見れなかった爬虫類やサソリや様々な外国の昆虫や魚が手軽に手に入り、オーストラリアのトカゲとアフリカのトカゲが1つの水槽で同居していたりします。爬虫類が飼育者になつくなんていう驚異的な出来事に遭遇し、そのあまりにも不思議な現象に戸惑い続けています。
 生物の分野に限らず、多くの趣味の分野で、プロとアマチュアの垣根は曖昧になり、国境も虚ろになりつつあります。大勢の人々が立場のちがいや生活環境のちがい、国や思想のちがいを乗り越えて、情報を共有し、高度な学究に参加しています。わずか数十年の間にすごい時代になったものですね。
 これから先、人と人との関わり合い、人と野生、そこに生きる動植物との関わり合いはどのように変化して行くのでしょうね。それは変化というよりは進歩であるような気がします。世界中の多くの人々が情報を共有し、多くの経験と頭脳で物事が究明されて行く現状の先に見えるものは、やあり進歩であり、進化でしょう。
 生き物を飼うということ、草花を育てるということの先にあることは、人々の暮らしの進歩と調和であるような気がします。進歩と調和……それは日本万国博覧会のテーマでもありました。

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